100年前の違星北斗
今年2025年は、違星北斗が1925年に上京してちょうど100年。
X(旧ツイッター)で100年前の北斗の足取りを100年前のリアルタイムで辿っています。
https://x.com/kotan_bot
今年2025年は、違星北斗が1925年に上京してちょうど100年。
X(旧ツイッター)で100年前の北斗の足取りを100年前のリアルタイムで辿っています。
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シミルボンという書評サイトに寄稿した「アイヌ神謡集」と「ゴールデンカムイ」の書評を、シミルボン閉鎖にともない、
「日本SF作家クラブ」様のFANBOXに再掲載していただきました。
『ゴールデンカムイが描かない「アシリパの妹たち」の苦難と明日』
7月14日(金)
北斗14号で、違星北斗に会いに行く。
7月15日(土)
講演をします。
「『コタン』を編む人 違星北斗27年の生涯」
13時30分より
国立アイヌ民族博物館
違星北斗の生涯と彼が追い求めた『コタン』という言葉について語ります。
7月16日(日)
ウポポイでの講演は無事終了。
後半駆け足になりましたが、語りたいことは語れたかなと思います。
今は電車の時間待ちで、白老の海を見ています。
またどこかでやりたい。
7月17日(月)
今回のウポポイでは、北斗の新資料が結構展示されてます。
・幻の昭和2年のガリ版刷りの同人誌のコタンの現物。
あるところにはあったんですね。
・噂には聞いていた和服姿の北斗の写真。
・北斗の自筆の掛け軸
など。今回は、北斗の抜き身の刃のような強烈な短歌はあまり紹介されてません。
その後、余市へ。
北斗が尋ねた美国とか古平とかにも、また今度いきたい。
という本が発売中です。
「違星北斗を感じる旅」はすごい!
私が20年くらいかかったことを、えいやっとすごい勢いで明らかにしています。
知り合いの方の名前もチラホラ。
すごいです。

https://shop.iitabi.biz/products/detail/58
国立アイヌ民族博物館「ウポポイ」で違星北斗を含むアイヌ近代文学の展示が開催されます。
違星北斗研究会として、協力させていただいていまして、また期間中に講演もする予定です。
以下引用
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国立アイヌ民族博物館では、6月24日(土)より第6回特別展示「 “アウタリオピッタ” アイヌ文学の近代 —バチラー八重子、違星北斗、森竹竹市 —」を開催します。
知里幸恵の『アイヌ神謡集』(1923年刊)が出版されてから100年が経ち、その序文は、当時のアイヌ民族が置かれた状況を物語っています。
その当時、生活の実態を歌や詩として発表したアイヌ民族が各地にいました。バチラー八重子は『若きウタリに』(1931年刊)を出版し、違星北斗は没後に『コタン 違星北斗遺稿』(1930年刊)がまとめられ、森竹竹市は『若きアイヌの詩集 原始林』(1937年刊)を出版しています。彼らはアイヌの三大歌人と呼ばれます。
八重子や竹市の日常を写した掛川源一郎の写真とともに、彼等が残したノートや民具等を展示資料として、当時のアイヌ民族による歌や詩などから、社会状況、歴史をふりかえります。
2023年6月24日(土)~2023年8月20日(日)
https://ainu-upopoy.jp/topics/%e5%8d%9a%e7%89%a9%e9%a4%a8%e7%ac%ac6%e5%9b%9e%e7%89%b9%e5%88%a5%e5%b1%95%e7%a4%ba%e3%80%8c-%e3%82%a2%e3%82%a6%e3%82%bf%e3%83%aa%e3%82%aa%e3%83%94%e3%83%83%e3%82%bf-%e3%82%a2/
違星北斗研究でとてもお世話になった方のお別れ会がありました。
O先生に縁のあった方が集まって、5、6時間語る会でした。帰り際、亡くなった方なのに、生きたその人に会ってお話ししたような気がしました。
https://t.co/bUdU1EHvDh
この会のことはまたまとまったことをご報告する事もあるかと思います。
翌日、余市へ。
シャクシャイン時代の記録に「古城」と記された天内山チャシのあった場所に行こう。
余市モイレ郵便局。
このもっと奥に、天内山(あまうちやま)という小山があり、そこに大きな屋敷があった。
そこはシャクシャインの時代にはヤエモン、八郎左衛門、八郎右衛門、八右衛門などと記される余市アイヌの総大将が住んでいた。
当時の和人の文書にも「古城あり」と記されている。
他の地方のユカラにも大きなコタンとして語られる余市(イヨチ)コタンは、大きな城(チャシ)とともに語られる。
金成 まつ(筆録)金田一京助(訳注) 『ユーカラ集Ⅵ 余市姫』

http://iboshihokuto.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-3c7795.html
また、余市にはポイヤウンペの伝承も残っている。(ただし、北斗の親類によるものだが、余市で他に類話がないので要調査)。
いわば余市アイヌの伝説の地、象徴的な場所といってもいいのだけれど。
今は住宅地になっており、アイヌの古跡であることは、想像もできない。
「何も知らない和人が平地にしてしまったのか」
と思うかも知れない。だが、 実際はもっと残酷だ。
昭和40年代『アイヌの聖地』天内山を、涙を飲んで更地にしたのはアイヌの土建業者。彼は北斗の親類なのだ。
地元の郷土史家の先生に聞くと、天内山には麓に鍾乳洞があり、かつては収穫した林檎をしまっておいたそう。
切り崩した土砂は余市川の改修工事に使われたとか。
「余市町はなぜアイヌ文化のシンボルであり、天然記念物でもある天内山チャシを壊しちまったんだ」と、
その郷土史家の方もおっしゃってました。
吉川弘文館様のPR誌「本郷」11月号に違星北斗のエッセイを書かせていただきました。
「歴史のヒーロー・ヒロイン」というコーナー(1ページ)です。
これをきっかけに北斗のことを知る人が増えるといいなと思います。
11月1日発行です。
https://t.co/9tY6FyeSWg
これのきっかけは『アイヌ文化史辞典』(吉川弘文館)に北斗の項目を書いたことですね。
こちらは図書館などで見られると思います。
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