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2004年10月

2004年10月28日 (木)

吉田ハナ

 早川昇著「アイヌの民俗」に、沙流郡平取町荷菜の清川戌七翁(聖公会伝道師、昭和33年8月10日没)の談話「『アイヌの父』ジョン・バチラー翁とその助手としてのアィヌ、私」が掲載されています。
 

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北斗と宗教

 北斗の人脈を彩る人々の、多くがクリスチャンなのですが、北斗はクリスチャンではありません。

 ジョン・バチラー、バチラー八重子・向井山雄、平取教会の吉田ハナ、岡村国夫神父。多大な影響を受けた知里幸恵。自働道話の西川光次郎も希望社の後藤静香もかつてはクリスチャンでした。

 

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追分の人

西川光次郎宛書簡(自動道話昭和3年4月号掲載)に

こゝは白老村です。三年ぶりで来てみれば親しい友は逝れてゐるし友人一人はまた追分駅に出てゐて不在だし全く淋しい。

 
とあります。この「親しい友」は、「豊年健治」であることは間違いないですが、次の「友人一人は追分駅に出てゐて」、これは当時国鉄追分駅勤務だった、森竹竹市のことでしょう。

 ということは、この時点で北斗は竹市と友人であるわけで、それ以前に出会っていたということになりますね。

2004年10月26日 (火)

メディアと北斗

 最近、テレビをみていたらある俳優さんが自分にはアイヌの血が入っている、母親がアイヌなんだ、とおっしゃっていました。その顔には、少しのためらいも、気後れもないように見受けられました。その俳優さんは若い頃には暴走族でいろいろと伝説を作った剛胆な方だそうなんですが、この人を見ていて、楽観的にすぎるかもしれないですが、もしかしたら、北斗が夢見たような世の中に、少しずつ近づいているのかもしれないなあ、と思いました。

 10年ぐらい前に、「サムライスピリッツ」という格闘ゲームにアイヌの少女「ナコルル」というキャラクターが登場しました。
 その時には「キャラクターの衣装が伝統的なアイヌ文化と違う」といったクレームがアイヌの団体からあったりしたらしいのですが、私は正直、そのクレームはちょっと違うなと思っていました。

 5年ほどまえ、少年ジャンプに「シャーマンキング」という漫画が連載され、そこに主人公の仲間として「ホロホロ」というアイヌの少年の魅力的なキャラクターが登場したときにも少し驚き、同時にうれしく思いました。これはTVアニメにもなりましたので、ご存じの方もあるかと思います。これに関してはクレームがあったという話は聞いていませんが、もしかしたらあったのかもしれません。

 どちらのキャラクターの登場も、私は歓迎すべきことだと考えました。
 子供たちがそれらのキャラクターをかっこいいとか、すてきだとか好きだ、などと思ったのだとしたら、やがて大人になった子供たちは、アイヌに対して「よい概念」を持つのではないでしょうか。
 それとも、私の考えは甘すぎるのでしょうか。

 最初はニセモノだ、こんなの「島唄」じゃないと言われたTHE BOOMの「島唄」は、若い人たちのあいだに沖縄音楽のブームを起こし、逆に沖縄音楽を学ぶ人を爆発的に増やしました。今では三線の教本にも載っていると聞きます。

 また、草なぎ剛の演じたチョナンカンが先駆けだと思うのですが、間にワールドカップをはさんんで昨今のヨンさまブーム韓流ブームなどをへて、日本人の韓国文化に対する見方が、だいぶ変わったように思います。

 おめでたい私はマスコミの力、キャラクターの影響力ってすごいなあ、と素直に感動してしまいました。もちろん、そういう風に世論があっというまに変わってしまうというのは恐ろしいことだとも思うのですが、ただ、そういう劇的な変わり方もある。
 
 違星北斗という人は、80年も前から、こういうことを考えていたんじゃないか、と思うんですね。メディアを利用した意識改革ということを、ある程度は違星北斗も意識的にやろうとしていたことなのではないか、と思います。彼は新聞や雑誌などに「短歌」を発信し続けました。もしかしたら、当時の最新メディアである「ラヂオ」も意識していたのかもしれません。
 では、この「メディア」を利用するという戦略は、いつ北斗に芽生えたのか。それはやはり、東京時代に西川光次郎の「自働道話社」や後藤静香の「希望社」に関わったことも大きいでしょうが、その原点は幼少期に違星北斗を深く傷つけた『北海タイムス』に掲載された、和人がアイヌを詠んだ2首の短歌ではないか、と思うのです。

   いさゝかの酒のことよりアイヌ等が/喧嘩してあり萩の夜辻に

   わずか得し金もて酒を買ってのむ/刹那々々に活きるアイヌ等


 この和人による2首の短歌を見て憤慨した北斗は、その屈辱を忘れないためにこれを残しておいたのでしょう。「あの時のタイムスの歌が、私を歌で復讐しやうと奮起さしたそしてすべての動機をはぐくんだ」と十数年後に北斗が言うように、彼はかつて自分を傷つけた「新聞」というメディアの力を、逆に同胞を勇気づけるために使ったのでした。
 実際に北斗の小樽新聞や雑誌での活動は森竹竹市のような後続者を生み、多くの同胞たちに読まれ、影響をあたえました。

2004年10月25日 (月)

「ケマフレ」とは

『小樽新聞』昭和3年4月11日

 水けってお尻ふり/\とんでゆくケマフレにわいた春のほゝえみ

 建網の手あみのアバさ泊まってて呑気なケマフレ風に吹かれる

『小樽新聞』昭和3年5月2日

 シャモの名は何といふかは知らないがケマフレ鳥は罪がなさそだ

 ケマフレはどこからくるかいつもの季節にまたやってきた可愛水鳥

 人さまの浮世は知らぬけさもまた沖でケマフレたわむれてゐた

 人間の仲間をやめてあのやうなケマフレと一しょに飛んでゆきたい

ケマフレは和名ケイマフリ。ケマフレは赤い足の意。

参考:Teuri Is Seabird Sanctuari Http://www.teuri.jp/keimahuri.htm

「おど」とは

 岩崎のおどは今年も熊とった金毛でしかも大きい熊だ(「小樽新聞」)

の「おど」って何だろうと思っていたのですが、やっぱり「親父」でいいんですね。

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2004年10月17日 (日)

バッケ

 バッケ=ふきのとうですか。なるほど。

 「バッケ ふきのとう」でGOOGLE検索してみたら、けっこう出ましたね。

 東北でも「バッケ」というようですし、知里真志保の「地名アイヌ語小辞典」にはふきのとうは「korkoni」とあり、平取の萱野茂さんの著作「アイヌ歳時記」にも「コロコニ」とありますので、バッケはアイヌ語ではないのかもしれませんね。

 「アカンベ」は、「アカベ」との記述もあります。

赤いものの魁だとばっかりにアカベの花が真赤に咲いた

雪どけた土が出た出た花咲いたシリバの春だ山のアカベだ


(小樽新聞)


 「アカベ」なら「アカベ牡丹」、「アカベ」というサボテンがあるようですが、どうなんでしょうか。ちがうような気がします。

 あと、興味深いことに西村京太郎に「アカベ・伝説の島」という作品があって、その中に「アカベ」という花が出てくるのですが……

 「弁護士の中原が新幹線のビュッフェから戻ってきたとき、隣席の男が突然苦しみだした。急遽、ひかりは熱海駅で臨時停車をしたが、間に合わず、男は「妹を助けてくれ」と一言残して事切れた。その男のポケットから出てきた花弁の落ちた真っ赤な花と湯山仁三郎という弁護士の名刺。花は恩根島のみに咲くアカベという植物だった。この花が咲くと島に不幸がもたらされるという。中原は死んだ男の一言を頼りに、かつては流人の島であった恩根島に秘書の高島京子と共に向かった。300年前の因習と伝説に支配された島に次々と起こる奇怪な殺人事件。」だそうです。

 西村京太郎は「殺人者はオーロラを見た」の中で、違星北斗をモデルにした「異星一郎」というキャラクターを登場させていて、その本の中には「違星北斗」に関する記述があったりもするので、もしかしたら、というのもあります。

 まあ、関係ないんでしょう。

2004年10月16日 (土)

「桃太郎の母」

 これは少し前なんですが、まったくの偶然手に取った本をパラパラめくっていたら、北斗に関連する記述を見つけました。

 

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北斗の号について

 何気なく、「ジョン・バチラー遺稿 わが人生の軌跡」をめくっていたら、こんな記述がありました。

 「第5章 アイヌの説話と生活」の「星の伝説」より

 4 北極星は「Chinu-Kara-Guru(チヌ・カラ・グル)」と呼ばれ、「先覚者」、「保護者」を意味しています。しかし、その名前は、大熊座の意味にも使われるのです。熊祭りのときに、儀式の中で殺された後、直ちに子熊に与えられるのが「Chinukara Kamui(チヌカラ・カムイ)」(神なる守護者)という名前であることは、とても興味深いことであります。

 その子熊は、止めを刺された後に、その魂は、熊の祖先が住んでいる北極星に行くのだ、とされているのであります。このことは、熊祭りに参加している首長たちや、古老たちが、別れの挨拶に北極星の方向に向って空中に矢を放つ理由なのです。


 なるほど。北斗七星と同じ言葉で表される北極星は「先覚者」「守護者」の意味を持つんですね。

 いうまでもなく、中国においては「北斗」は死を司る星ですが、西洋では大熊座の一部です。
 北斗の父甚作は、余市における熊取り名人だといいます。北斗の家には昔ながらのヌサ(祭壇)があり、熊の頭蓋がイナホ(イナウ:木幣)とともに飾ってあったといいます。これは、北斗の家がイオマンテ(熊送り)を行っていた、ということでしょう。北斗は「熊の話」「熊と熊取の話」や、熊に関する短歌俳句など、熊に関する作品がけっこうあります。

 これだけでも、熊に対する思いがひとかたならないものだと思えてきます。

 いろいろと、符号することがあり、なんというか、くらくらするようです。

 「先覚者」「保護者」「大熊座」「死を司る星」。

 違星滝次郎はこれらのことを知っていて、「北斗」という号を名付けたのでしょうか。

 (ただ、バチラーの説は、この伝説がどの地方の伝説なのかを伝えていませんし、そもそもバチラーの説にはいろいろと信憑性に疑問符がつくところもあるようです)。

「心の日記」

 余市住宅地図と同じ日に買った、「後藤静香全集10 実践運動篇・静香年譜」が届きました。古本で1500円程度。

 後藤静香(せいこう)は東京時代に北斗が思想上の影響を受けた人物。修養団体希望社の主宰者で、盲人、らい病患者、アイヌや台湾の高砂族などの少数民族の援助、ローマ字運動、エスペラント運動などいろんな運動(希望社運動と呼ばれた)をした人で、その主著『権威』は100万部を売ったといいます。

 修養団体っていいますが、まあ神様のいない宗教みたいなものでしょうか。実際、後藤は神様のように「信者」に慕われるカリスマでした。

 後藤静香はクリスチャンですが、希望社の教条はキリスト教だけではなく、個人個人が修養して、国家に役立つ立派な人間になろう、という生き方の指南するような感じでしょうか。仏教や儒教やら、リンカーンやらナポレオンなんかの歴史上の偉人のいい話などもごたまぜに盛り込んでいて、なにより絶対的な前提として、「お国のために」というのがベースにあります。

 で、後藤静香全集です。
 これでまたいくつかの謎が解けました。

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2004年10月15日 (金)

西崎氏? 西崎さん?

ゼンリンの「住宅地図」をネットで購入しました。
なんと一万円弱。しかし、研究のためと「えーい」とばかりに購入。
届いて、包装を解いて、一瞬。
ほんとうに一瞬で早速一つの謎が解けました。

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