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2004年10月16日 (土)

「桃太郎の母」

 これは少し前なんですが、まったくの偶然手に取った本をパラパラめくっていたら、北斗に関連する記述を見つけました。

 

 石田英一郎「桃太郎の母」(講談社学術文庫)を呼んでいたら、「月と不死」という論文の注釈の中に、名取武光氏の「月の若水」という論文からの引用として、次のような記述を見つけました。

 石狩の茨戸では右のなまけ者の子供が、水汲みの手桶と干魚の頭を縄でつないだものを、川にうるかし(干物を水でもとにもどす意)に出たといい、お月様の中の子供がはっきり見えるときは豊漁であるといっている(茨戸アイヌ能登酉雄氏談)。

 
 この、能登酉雄氏は、西川光次郎への北斗の手紙(『自働道話』昭和3年2月号)で、

 十日頃からそろ/\出発します 
 二十日頃には
 石狩国浜増郡小札内村能登酉雄氏方へ参ります予定であります


 というのがあるのですが、ここに出てくる人物と同一人物ですね。

 たまたま手に取った本だったのに、妙な偶然もあるものだと思って、さらに読み進めると、こんどはこんな記述にぶつかりました。
 

 また後志の余市アイヌは、お月様を羨んだ水汲女が、手桶をさげてお月様の中にいる、犬がいるとは伝えられていないと語り(余市アイヌ違星氏談)

 とあるのを見つけて、もうビックリしました。

 違星氏は北斗の祖父より始まった姓ですから、北斗本人か、その近親者ということになります。

 こういうこともあるんだな、とずいぶん驚いたものでした。

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