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2004年10月26日 (火)

メディアと北斗

 最近、テレビをみていたらある俳優さんが自分にはアイヌの血が入っている、母親がアイヌなんだ、とおっしゃっていました。その顔には、少しのためらいも、気後れもないように見受けられました。その俳優さんは若い頃には暴走族でいろいろと伝説を作った剛胆な方だそうなんですが、この人を見ていて、楽観的にすぎるかもしれないですが、もしかしたら、北斗が夢見たような世の中に、少しずつ近づいているのかもしれないなあ、と思いました。

 10年ぐらい前に、「サムライスピリッツ」という格闘ゲームにアイヌの少女「ナコルル」というキャラクターが登場しました。
 その時には「キャラクターの衣装が伝統的なアイヌ文化と違う」といったクレームがアイヌの団体からあったりしたらしいのですが、私は正直、そのクレームはちょっと違うなと思っていました。

 5年ほどまえ、少年ジャンプに「シャーマンキング」という漫画が連載され、そこに主人公の仲間として「ホロホロ」というアイヌの少年の魅力的なキャラクターが登場したときにも少し驚き、同時にうれしく思いました。これはTVアニメにもなりましたので、ご存じの方もあるかと思います。これに関してはクレームがあったという話は聞いていませんが、もしかしたらあったのかもしれません。

 どちらのキャラクターの登場も、私は歓迎すべきことだと考えました。
 子供たちがそれらのキャラクターをかっこいいとか、すてきだとか好きだ、などと思ったのだとしたら、やがて大人になった子供たちは、アイヌに対して「よい概念」を持つのではないでしょうか。
 それとも、私の考えは甘すぎるのでしょうか。

 最初はニセモノだ、こんなの「島唄」じゃないと言われたTHE BOOMの「島唄」は、若い人たちのあいだに沖縄音楽のブームを起こし、逆に沖縄音楽を学ぶ人を爆発的に増やしました。今では三線の教本にも載っていると聞きます。

 また、草なぎ剛の演じたチョナンカンが先駆けだと思うのですが、間にワールドカップをはさんんで昨今のヨンさまブーム韓流ブームなどをへて、日本人の韓国文化に対する見方が、だいぶ変わったように思います。

 おめでたい私はマスコミの力、キャラクターの影響力ってすごいなあ、と素直に感動してしまいました。もちろん、そういう風に世論があっというまに変わってしまうというのは恐ろしいことだとも思うのですが、ただ、そういう劇的な変わり方もある。
 
 違星北斗という人は、80年も前から、こういうことを考えていたんじゃないか、と思うんですね。メディアを利用した意識改革ということを、ある程度は違星北斗も意識的にやろうとしていたことなのではないか、と思います。彼は新聞や雑誌などに「短歌」を発信し続けました。もしかしたら、当時の最新メディアである「ラヂオ」も意識していたのかもしれません。
 では、この「メディア」を利用するという戦略は、いつ北斗に芽生えたのか。それはやはり、東京時代に西川光次郎の「自働道話社」や後藤静香の「希望社」に関わったことも大きいでしょうが、その原点は幼少期に違星北斗を深く傷つけた『北海タイムス』に掲載された、和人がアイヌを詠んだ2首の短歌ではないか、と思うのです。

   いさゝかの酒のことよりアイヌ等が/喧嘩してあり萩の夜辻に

   わずか得し金もて酒を買ってのむ/刹那々々に活きるアイヌ等


 この和人による2首の短歌を見て憤慨した北斗は、その屈辱を忘れないためにこれを残しておいたのでしょう。「あの時のタイムスの歌が、私を歌で復讐しやうと奮起さしたそしてすべての動機をはぐくんだ」と十数年後に北斗が言うように、彼はかつて自分を傷つけた「新聞」というメディアの力を、逆に同胞を勇気づけるために使ったのでした。
 実際に北斗の小樽新聞や雑誌での活動は森竹竹市のような後続者を生み、多くの同胞たちに読まれ、影響をあたえました。

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