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2005年5月21日 (土)

チガイボシ

5月21日(土)04時06分4秒

 違星家のエカシシロシが「※」ではない、と先に書きました。

 これは非常に重要なことです。

 『我が家名』

 違星家の家名「違星」は「違い星」から来ているとあります。

 では、何が「違う」のか。

 何と「違う」のか。

 「※」ならば単に「星」です。

 ワープロで「ほし」と打てば「※」が出ます。

 「※」では、「星」と「違わない」のです。

 つまり、「チガイボシ」は「※」ではない、ということです。

 違星家のエカシシロシ「チガイボシ」は「※」ではないけれど「※」に似た記号

(下図)なのです。これこそが「違い星」なのですね。

 小樽新聞にはちゃんと掲載されていたのです。

 そして、古田謙二は遺稿整理の際、希望社に小樽新聞の切り抜きをそのまま送っています。

 間違えたのは希望社の編集者なのです。

 わざわざ星と違う、「※」じゃないと言っているのにもかかわらず、希望社の『コタン』編集者は、わざわざ「※」の活字を使ったのです。

 

 これは、文意を無視しており、北斗が「我が家名」に込めた本来の意味を失わせてしまっています。

 本当に、惜しいことです。

  

 『コタン』編集者として名前があるのは岩崎吉勝か宗近真澄ですが、岩崎は管理者のようで、実務を担当したのは宗近かその部下でしょう。岩崎は完成したものを見て、脳天気な短歌を何首が残しています。

シヤモ達の米屋の符号それと同じ/シロシより出でしイボシ家の君 (『跋』)


 岩崎はやはり「※」だと思っていたようです。

 奇妙なのは、希望社『コタン』には、ちゃんと違星家のエカシシロシが登場しています。『疑ふべきフゴツペの遺跡』の中に、余市のエカシシロシの一つとして出て来ていて、活字がないので、たぶん凸版で作ったのでしょう。それなのに、『我が家名』ではそれを使わず活字の「※」を使った。

 我が家名は、至るところで引用されていますが、この点を指摘している人は残念ながらいません。

 『コタン』発売後、80年の時を経た現在も「チガイボシ」は間違えられ続けているわけです。


※このエカシシロシの由来については、正しくありません。この後の7月3日の書き込みでさらに考察しています。(05年10月16Ekashishiroshia_3日追記)

5月22日(日)20時46分33秒

『フゴッペ』の謎 

 小樽新聞の初出の方の「フゴッペ」と、希望社版の「フゴッペ」には、違いがあります。

 小樽新聞での「違星家のエカシシロシ(※の左右の・がない)」が『コタン』では「※」になってしまっている、というのは先にも書きましたが、さらに精読してみると、あることに気づきました。

 小樽新聞がわざわざ造字した「違星家のエカシシロシ」を、希望社の編集部が「※」にしただけだったら、まだわかります。
 違うんです。希望社版の中でも、ちゃんと「違星家のエカシシロシ」を使っています。ただ、おかしなところで使っているんです。小樽新聞版で「※」の記号になっているところを、わざわざ希望社版『コタン』では「違星家のエカシシロシ」の記号に入れ替えているのです。つまり、入れ替わっているのです。

 全く、わけがわかりません。

 また、小樽新聞版では「イカシシロシ」「Ikashi-shiroshi」となっているのに、コタン版では「エカシシロシ」「Ekashi-shiroshi」となっています。

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