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2005年7月 3日 (日)

チガイボシについて

 違星姓の元になった「チガイボシ」についてですが、私はどうやら、勘違いをしていたようです。

 万次郎はイソツクイカシヘ養子になったのではあるが、実父伊古武礼喜(イコンリキ)の祖先伝来のエカシシロシが※であった。これをチガイに星、「違星」と宛て字を入れて現在のイボシと読み慣らされてしまったのがそも/\違星家である。(「我が家名」)

 この「※」ですが、これは間違いであり、もともと小樽新聞掲載時には「※」ではなく、左右の点がないもの(↓の図参照、現在も違星家の家紋として使われている)だったのが、希望社版『コタン』からは「※」の活字が使われ、それが現在まで続いていることはすでにここに書きました。
Ekashishiroshia

 

私はこの、左右の点がない「※」こそが、「チガイボシ」なんだ、と思っていました。「※」ではないから、「チガイボシ」なんだ、と。

 ところが、偶然「家紋」の本を見ていて、これは間違いじゃないかと思い始めました。

 家紋の中に「×」(バッテンですね)があって、それが「直違い(すじかい)」(「筋違い」とも書く、あるいは「違い木」ともいうようです)という紋のですが、これを見た瞬間に、「あれ、もしかして」と思いました。

 さらに、ページをめくると、「違い矢」「違い弓」「違い竹」「違い大根」などという紋があり、これらはすべて矢や弓なんかが「交差」している図案になっています。


 もしかしたら……「チガイボシ」の「チガイ」というのは、この家紋における「違い」なのではないか? と思い始めました。

 そして、家紋における「星」は「●」のことです。

 つまり、「チガイ」に「ホシ」とは、「バッテン」に「●」ということではないのか、と思うのです。

 違星家の家名を付けたのが、北斗の祖父の万次郎なのか、学のある和人だったのか、あるいは戸籍係の役人なのかはわかりませんが、「エカシシロシ」をもとに、それを家紋として読み解いて、この「違星」という漢字を宛てたのではないでしょうか。


http://www.otomiya.com/kamon/kibutsu/ki.htm

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