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2005年8月27日 (土)

違星北斗の旅 8日目 チプサンケ

2005年08月27日01:50

 8月20日 8日目。 

 ちょっと、7日目について、いろいろと書きすぎた、と反省。
 今日のチプサンケ(舟下ろし神事)は違星北斗とは関係ないか、と思ったりもしたんですが、北斗も二風谷で様々な文化や儀式を見たわけでしょうから、関係ないことはないですね。

 昨日遅くまで話していたので、8時すぎに起床。poronupさんと朝食。昨日の夕食のバーベキューの時、レコード会社の人たちが「スゴイ夫婦」(特に奥さんの方)が来るらしい、と噂していた大阪のご夫婦と顔を合わせる。
 ううむ。旦那さんは好青年、奥さんはネイティブ・オオサカンの濃い匂いはすれど、チャーミングな人でした。

 荷物を二風谷荘に置かせてもらい、萱野茂アイヌ文化記念館の前に行く。ぞろぞろ人が集まってくる。
 10時より、縁結び石の祭り。
 遠く離れた川上と川下で見つかった岩なんだけど、もともとは一つの岩だったということで、縁結びの神として祀っているのだそうです。
 私などはぜひ、その御神威にあやかりたいと思います。
 萱野茂さんもいらっしゃってました。感激。私がアイヌ文化に興味を持ったのは、やはり萱野さんの本によるところが大きいです。
 神事が始まり、みなさんイクパスイとトゥキで酒を捧げます。およばずながら、私も参加。見よう見まねでカムイにお酒を捧げました。(えーっと、左肩→右肩→頭でしたっけ?)

 終わったあと、紅白のお餅を頂きました。これは同宿のレコード会社の人たちがついてくださったもの。感謝して、その場で頂きました。ごちそうさま。
 萱野茂さんにご挨拶。「大阪から来ました、違星北斗の研究をしています」と言うと、「二風谷小学校に違星北斗の歌碑があるはしってるかい」と聞かれました。握手をしていただきました。

 11時半より、博物館側のポロチセに場所を移して、チプサンケの神事。こちらでもお酒が廻ってきたので、神様に捧げる。
 隣の若者(手にアイヌ文様が描いてある兄ちゃん。そういうイベントがあったのかな?)が作法がわからなさそうだったので、やり方を教える。自分もさっき聞いたばかりなのだけれど。
 なんだか、でもカルチャーギャップでした。二風谷に来られるみなさんは、普通にカムイノミの時の作法とかをご存じなんだなあ。
 
 カムイノミが終わると、歌と踊り。
 いやあ、すごかったです。
 歌の玄妙なハーモニーと、華麗にしてスピーディな踊り。なんか踊り手が入れ替わり立ち替わりして、シンクロを見てるみたいで大興奮しました。
 なんでも、道内13地域の中で沙流川流域の踊りが一番ハードなんだそうですね。
 ホリッパの時は、poronupさんが剣を持ってウホホホーイって叫んでいました。格好いいなあ。
 奥手な私は入れませんでしたが、みなさんどんどん輪にはいっていくんですね。
 大盛り上がりの中で歌と踊りは終了。いよいよ、チプサンケですね。

 濡れてもいい格好に着替えて、チプサンケ会場になっている、ダムの下流の河原へ。博物館前から貸切バスが出ているんですが、大型バスが河原の土手道を降りていくのはなかなか圧巻でした。

 トラックから4艘(かな?)の舟が降ろされ、
 いよいよ、チプサンケの始まり。
 船頭の方が長い棒で舟を操り、一艘、二艘と出ていきます。
 私もライフジャケットを身につけ、列に並んでいましたが、並んだのが後の方だったので、まだまだだな、もう舟たりないから、舟が戻ってきてから、二順目になるな、と思って気長に待っていたのですが……。
 一巡目の舟が一艘になったとき、
 「おい、そこの若いの」と、僕の前にいた若い人(手足にアイヌ文様のペイントをした3人組)と一緒に、急に呼ばれたのでした。
 おかしいな、順番からいえばまだまだ、前にも10人以上残っているのに、どうして我々だけ呼ばれたんだろう、と思って行くと、この舟に乗れ、といいます。
 どうも明らかに他のチプと違うオーラを放っているような。それに、乗ろうにもどうも細くて大の男が4人乗るには狭く、不安定で、すでに水が入ってきているんですけど……。おまけに、船頭役の人もいないし……。
 そうか。我々は、理解しました。そういう舟で、そういう役回りか、と。
 
 覚悟を決めて、それならばと我々4人はチプに乗り込みました。
 次の瞬間、舟はひっくり返り、4人は沙流川に投げ出されました。
 そして、笑い声と、カメラのフラッシュ。
 
 まあ、みんなの笑顔に送りだされたところまでは良かったんですが……我々にとっては、その浮かばない舟で、下流のゴール地点をめざすという長い旅のはじまりなのでした。
 何度か、舟に乗ろうとしてがんばってみましたが、どうしても無理のようで、それならみんなで跨ろう、ということになりました。しかし、跨ってももバランスが悪くて、すぐにコケてしまいますし、その度にイナウも流れる、棹は流れる、スリッパは流れる、水上で立て直すのにまた一苦労です。そのうち、日が陰ってきたりして、寒くなってきたりもして。
 船尾の部分にいた丸顔の人が、「こうすればいいんだ」と言って、自ら舟の艫に抱きついて「重り」になってくれて、やっと他の3人が跨ることができるようになりました。

 なんだかんだあって、「よいしょ」と「ドボン」を繰り返す長い航海(実際には20分ほど?)を終えて、係の人がいる所までたどり着いたころには、我々4人チームの間には熱い友情が芽生えていたのでした。 ビショビショでバスに乗っていると、小さな女の子が不憫に思ったのか、「これあげる」と言ってくれたのが、何故か道南バスの時刻表。ありがとう、と頂きました。
 バスの中で、チームの1人の青年と話しました。彼らは札幌の人で、車で今日帰るとのこと。彼らの手足のペイントもすっかり取れてしまっていました。よく見ると彼はカムイノミの時、作法がわからず困っていて、私が教えてあげた人。なんだか縁ですね。それにしても、小鳥の鳴く上天気の沙流川を、丸木船に掴まって漂流なんて、なかなか風流で得難い体験ではありました。
 北斗が無量のポエジーを感じた沙流川に、私は飲み込まれて漂流してしまったわけですね。
 
 3時。平取を発つ準備。「Bee」という店でラーメンを食べていると、「駒大苫小牧」が優勝とのこと。
 バス停の裏の犬の相手をしながらバスを待っていると、私の名前を呼ぶ声。二風谷荘の女将さんが、道路の向こうから手を振ってくださいました。
 しばらくすると、クラクションが。どこだ?と思っていると私の目の前にラパンが止まり、中から大阪のスゴイご夫婦が車から出ていらっしゃいました。実は、隣町ですごく近所だと判明。「来年もチプサンケに来ますか?」と聞かれましたので、「ぜひ来たいです」と答えました。
 さっきまで、あそこに浮かんでたんだよなあ、と思いながらバスの外の沙流川を眺め、また本当に、来年のチプサンケで、poronupさんや、あのレコード会社の人たちや、この大阪のご夫婦とかと、二風谷荘で会えるといいなあ、でも来れるかなあ、などなどと思いながら、平取をあとにしました。
 
 今日は甲子園優勝で湧き上がる苫小牧を通り過ぎ、一路小樽まで。明日は違星北斗の故郷余市で、この春にもお世話になった郷土史家のAさんを訪ねる予定です。

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