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2005年8月 1日 (月)

NHKラジオドラマ台本

NHK放送台本『光りを掲げた人違星北斗』(昭和30年)をテキスト入力中。

 最初に一読したときは、北斗の喋り方とかがあまりにもイメージが違うので、「えーっ」と思ったのですが、今回精読してみて、そうでもないなあ、と思いました。

 どのくらいかわかりませんが、けっこう時系列的には正しいような気がします。

 作中に出てくる「吉田先生」はいうまでもなく「古田謙二」先生をモデルにしているのですが、この古田先生の言葉がこの台本にどれだけ反映されているのかわかりません。

 もし古田先生の言葉が反映されているんだったら、結構資料として参考にすべきことが含まれているのかも知れない、と思いはじめました。

 実際、文中に詳細な日付が出てきたりするのですが、別にラジオドラマで日付を明記する必要はないですよね。その辺も、どうしてだろう、と思ったんです。

 たとえば

   余市村の屋根裏部屋で、下宿生活をやっていた

私の所え(ママ)、 吹雪で眞白になった違星君が、

興奮した顔でやって来たのは、大正十三年一月の、確か

二十六日の夜でした。ツギだらけの作業ズボンに、菜ッ葉服

といういでたちで、髪や眉にたまった 雪の雫を拭いもせず

私と面と向い合って座るや否や、違星君は、猛烈な勢いで喋り出したのです。

北斗 先生! とう/\作ったでァ!

吉田 うん。 例の、茶話笑楽会というやつだな?


 とあるのですが、茶話笑「学」会の結成時期としては、このあたりで間違いないとおもいます。

 また、「落葉」のエピソードの時期もはっきりと特定されています。

  N あれは……秋も終りの、確か十一月の始めの日曜日

だったと思います……。 私は裏山え(ママ)行って、

好きな俳句でも作ろうかと、家を出ました。

その時、久し振りに違星君に逢いました。

 これも、もしこの台本が古田謙二に取材したものなら、あるいは正しい日付である可能性もある。

 また、「違星青年」には「あまりに汚れてしまって上がれない」という記述があるのですが、この台本では、

     こないだ、我々アイヌの事を研究して居られる

京助先生の家を訪ねました。 途中、タンボの中に

落ち込んで、泥だらけになり、玄関先でおいとましよう

と思いましたが、 先生は構わないから上って行きなさい

とおっしゃってくれました。

 とあり、タンボに落ちたことになっているんですね。このあたりも、もしかしたらそういう事なのかも知れない、と思いました。

 その他、ホントかどうかわかりませんが、北斗の「背広」は東京で買って貰ったものだという記述などもあります。

 まあ、あくまで創作として見るべきなんでしょうが……この台本が、どの程度関係者に取材したものかということが判ればなあ、と思います。

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