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2005年9月 1日 (木)

違星北斗の旅 最終日 旅の終わり

2005年09月01日07:44
 
8月23日 11日目

 いよいよ北海道における最終日です。
 函館から出る大阪行き特急に乗るには、お昼12時22分の特急に乗らなければいけないのですが、それまでは動けますので、昨日行けなかった道立図書館や道立文学館に行くつもりでした。

 ところが。
 寝坊してしまいました。
 昨夜もあらや氏と夜遅くまで違星北斗談義していたのですが……8時過ぎている!

 あーあ。やっちゃった。急いで起きてしたくをし、取りあえず道立図書館へ。あらやさんに送って頂きました。本当に何から何までありがとうございます。

 10時ごろ道立図書館へ。郷土資料室へ駆け込む。
 北斗の死んだ昭和5年の4月と翌5月の小樽新聞と北海タイムスのマイクロフィルムを借り、閲覧しました。
 前回、チェックできなかった違星北斗の小樽新聞の死亡記事と追悼記事をプリントアウト。北海タイムスにも掲載されていると聞いたので探したのですが、こちらはみつかりませんでした。

 11時道立図書館を出て、札幌駅まで、あらやさんに送って頂きました。ありがとうございました。
 札幌から函館まで、特急スーパー北斗。
 函館で大阪行きの特急日本海に乗り換えですが、時間が余ったので、駅で食事。
 今回、ほとんどコンビニのおにぎりとか、安いものしか食べていなかったので、さいごは北海道らしいものを食べよう、と駅ビルの中の食堂でカニとかホタテとかが乗ったラーメンを食べました。カニの足が丼からはみ出すように4本、根本ごと乗っていて1000円。
 おいしかったけど、カニは昼間、それも電車の時間を気にしながら食べるものはありませんね。手が汚れるし、時間はかかるし。
 駅ビルの構内に、青函連絡船の歴史のような展示があって、ちょっと見る。
 そこで、青函連絡船の本を見ていたら、あることに気づいた。
 行きの時、違星北斗は青森で降りて、青函連絡船に乗ったであろう、と思っていて、日記にもそう書いたのですが……青函連絡船って、鉄道をそのまま船の中へ線路で引き込むような仕組みになっていたんですね。カーフェリーのように、汽車ごと運んでしまうんです。
 だから、北斗は青森で降りていない可能性が高いですね。うん。勉強になりました。
 
 16時半。寝台列車へ。
 行きとちがって、空席が多く、ゆったりできました。
  
 今回の旅でお世話になったすべての方に感謝します。応援してくださったかた、協力していただいた方、やさしさをくださった方。いろんな方に時間と労力を割いていただき、その生活をかき回してしまったことを申し訳なく思います。
 
 準備不足、無計画な旅でしたが、それだけに自由な旅の空の下で、旅の醍醐味を味わうことができました。
 それまでほとんど一人でやっていた違星北斗の研究が、ここにきていろんな人を巻き込むことになり、もう引っ込みがつかない戻れないところまで来てしまったのだという覚悟をさせられた旅でもありました。
 いろんな人の期待や好意に応えるために、これから違星北斗の研究をどこかに発表してゆき、世に問うていかねばならないんだ、自分にはその責任があるんだ、と思いました。
 
 寝台特急日本海で、一路大阪へ。
 翌朝9時まで、ほとんど眠って過ごしました。
 10時すぎ、大阪着。その足で職場である研究室へ向かいました。

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