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2005年10月 7日 (金)

日本残酷物語

 平凡社『日本残酷物語4 保障なき社会』を読んでいたら、どこかで見た文章が。


 村上久吉氏は、あるアイヌ少年の苦悩の印象をつぎのように伝えている。「じぶんが通るのを見ると子どもたちが、アイヌ、アイヌという。聞こえなければ聞こえないだけに、何かささやいているように思われ、口は閉じていても目が云っている。行きも、帰りも、昨日も、今日も……毎日のことについ陰鬱な少年になり、病身にさえなって、はては血をはき、世をのろい、人をのろい、手あたり次第に物をたたきわって、あばれ死にでもしたくなる。生意気ざかりの年頃には、『アイヌがどうした』と立ちもどってなぐりとばす。不意にうたれた子どもたちは意外だという顔をして、やがて泣いて逃げてゆく。そのまた様子があとまで目について、自分が打たれたよりも苦痛であった」というこの文章の最後の箇所はとくに意味深い。虐げられたものの傷が予想以外に深いことにアイヌみずから気がついたとき、彼らの生涯抜きがたい真の苦しみがはじまることを告げているからである。

(無署名記事だが、筆者は高倉(新一郎)と文中にある)。


これは、金田一京助の「あいぬの話」の北斗の項と内容がほとんど同じですね。村上久吉には『あいぬ実話集』に「熱血の違星瀧次郎君」、『あいぬ人物誌』に「熱血青年違星滝次郎」がありますが、どちらも金田一京助の文章の引き写しです。
 まあ、早い話、金田一の文章をパクっているのですが、それが名著と名高い『日本残酷物語』に載っているというのはいやはやどうしたことか。
 
 
 

管理人  ++.. 2005/10/07(金) 00:12 [18]

云うまでもなく、このアイヌ少年というのは北斗のことです。念のため。
管理人  ++.. 2005/10/07(金) 00:13 [19] 

さて、この村上久吉『あいぬ実話集』は、そういうことでまことに信用ならん部分があるのですが、そういう本に限ってオヤッという記述がある。


 余市アイヌの傑物中里徳太郎君。この中里君の感化をうけて、力強く民族に目ざめ、勤労のかたはら、自ら雑誌を作つて部落の青少年に呼びかけ、毎号巻頭にはその標語として「よき日本人に」といふ題字をかゝげ、まつすぐに同化の一路をすゝんだ熱血男児違星瀧次郎君(金田一先生曰く、兄は松太郎でこれは弟であるから竹次郎であつた。所が届出の時に竹を瀧に誤つたのであると)がある。


うーん。初耳ですね。
 長男は梅太郎のはずなんですが、もしかしたらやはり松太郎という兄がいたのかも? (『北の光』に「違星松太郎」という名前が出てくるのも気になるけど)。
 しかし、わざわざ金田一京助の名前を出しているところを見ると無視できないですね。
 本当なら、以前書いた余市方言の「イ段音」と「エ段音」の混同が、こんなところにも影響を与えたことになりますね。

管理人  ++.. 2005/10/07(金) 00:25 [20] 

やっぱり……気になるなあ。

村上久吉(1898-1981)は旭川中学教諭、郷土史家。昭和30年、旭川文化賞受賞。
 著作には『旭川市史試詠百題』『旭川市史小話』『あいぬ実話集』『あいぬ人物伝』『字原を探る』『盲唖人物伝』『郷土を拓く人々』などがあるようですね。

管理人  ++.. 2005/10/08(土) 00:03 [22] 

私はこの「竹次郎」が戸籍届け出の際、エ段音がイ段音に訛る訛りが原因で「滝次郎」になってしまったというのを信じることにしました。

やっぱり、金田一先生の名前を出されてはしょうがない。『あいぬ実話集』執筆当時は当然金田一京助は生きていたわけで、旭川中学の村上先生ともあろう人がそんな嘘をつくとも思えない。
それに、東京留学した祖父万次郎はともかく、父甚作は読み書きに不自由した可能性が高い。

(なら、なぜ学のある祖父の万次郎がヘルプしない? というところですが、万次郎と甚作は実の親子ではなく、甚作は中里からの養子なので微妙なところではないのか、と思うんです。実際、同じ家に住んでいたのかも疑う必要があると思います。近所には住んでいたでしょうが)。

管理人  ++.. 2005/10/09(日) 23:12 [24] 

つまり、こういうことかと。
「甚作さんヨォ、赤ちゃんの名前はどうするんだい?」
「おう、次郎(タジロウ)にしてくれんか」
「そうか。次郎(タジロウ)かね。そりゃ良い名前だ」
「おう、良い名前だともよ」
「で、甚作さんよ、子どもの生まれた日付はどうするよ?」
「わすれちまったでよ、めでてぇから1月1日にしてくれねぇかな」
「1月1日ね。そりゃめでたいね」

……というような感じだったのではないかと。
(あくまで想像)。

管理人  ++.. 2005/10/09(日) 23:22 [25] 

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