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2006年3月21日 (火)

違星北斗の東京・再び(その1)

 
3月11日
 前日の夜、深夜バスで大阪から東京へ。
 「北方文化言語研究会」に出席するついでに、研究しているアイヌの歌人・違星北斗の調査をしてきました。

 土曜日の朝、生まれて始めて、「国立国会図書館」へ。
 国立国会図書館とは、基本的には戦後に発行された本は全部収まっている、日本の図書館の親玉みたいなものですね。
 
 あらかじめ、ネット上で調べておいたのですが、どうもここにしかないらしい、違星北斗が東京時代(大正末期)に勤めていた「東京府市場協会」の発行物があるんですね。

 ご存じのとおり、戦前は東京は「都」じゃなくて「府」でした。「市場協会」というのは、「米騒動」の反省から、国や自治体が、価格の高騰を防いだり供給を安定させたりといった、市場のコントロールをする必要があって「公設市場」というのができたのですが、それを統括していたのが、「市場協会」だったわけです。
 違星北斗は、そこに事務員として雇われ、月給40円(決して悪くない金額だそうです)をもらっていたのでした。
  
 その書物の奥付の「発行者」を見れば、北斗の勤務地がわかるので、前から国会図書館に行ったら見てやろうと思っていたのでした。

 で、国会図書館ですが、普通の図書館のように、利用者が直接本棚を回って探すことはできません。なにせ、蔵書がものすごく膨大ですから。申請して、探してもらうんですね。
 以前「国会図書館で調べ者をするのは一日仕事だ」というのを聞いていたので、半分ビビリながら行ったのですが、予想に反して実に快適でした。
 以前は何時間も待たされたそうなんですが、コンピュータ化により、たいていの場合は20分以内で見つけてくれるようになったそうです。
 パソコンで申請して、図書カウンターの前で待ってると、本が到着した利用者の番号が、大きな画面に映し出されるという仕組みです。

 本が届いたので、わくわくしながら奥付を見ると、発行元の東京府市場協会は「四谷区三光町」となっていました。

 四谷?
 北斗の勤務地は新宿だと思っていたのですが……意外でした。
 
 その後、何点か北斗に関する書物を調べていると、どこからともなく、私を呼ぶ声が。
 顔を上げると、大学でお世話になっているT先生がいらっしゃるではないですか。ビックリ!
 先生も調べものをされているようで、雑誌を抱えておられました。
 
 調べものを終えて、早稲田へ。
 今回のメインエベントである、「北方言語文化研究会」が早稲田大学で開かれるのでした。
 私は素人研究者で、こういう研究会に出たこともなかったのですが、いつもアイヌ関係の情報をメールしてくださるNさんから声をかけていただいたのでした。
 Nさんは、今回のテーマ「戦前の言論活動に表れたアイヌ民族の自立と協同」を見て、「これは違星北斗のことを研究しているに違いない」と私にメールくださったのですが、実は違星北斗ではなかったとあとでわかりました。しかし、当たらずとも遠からずというテーマだったので、上京して出席することにしました。
 出て見て、やっぱり正解でした。
 発表されたU先生のお話されたことは、ちょうど私がいま考えている「修養」ということにリンクすることでした。
 修養っていうのは、戦前なんかによくいわれた自己向上のキーワードで、戦前の若者たちの多くは、学問して偉くなり、生活を改善しよう、人格を鍛えてよい人間になろう、社会に役に立つ(お国のためになる)人間になろうというような向上心を持っていたようで、そのために地域で青年団が結成されて勉強会をしたり、夜学に通ったり、通信教材で勉強したりしていて、違星北斗もそのような「修養」によって、新たな世界へ飛び出した若者の一人でした。
 発表者のU先生に違星北斗について質問されましたが、しどろもどろになって、何を言っているかわからなくなってしまいました。
 
 研究会のあと、近くのお店でお話をしました。私も何冊か本を読んだことがある田村すず子先生のお話を伺えたのは本当に感激しました。さらに二次会でお話しました。
 オンラインでは何度もお見かけしたことのある伝説の女性Lさんとお会い出来たのもビックリでした。

 その夜は、高田馬場のネットカフェに泊まりました。いくつかの新データを整理して、ホームページのBBSに書き込み、懸案の北斗の勤務先「四谷区三光町」を調べていると、ちょうど先程までいっしょだったYさんからメールが入りました。「四谷区三光町は、今の新宿区新宿五丁目にあたり、ちょうど花園神社の界隈である」とのことでした。
 なるほど。やはり新宿でよかったんだ、と思い、明日、その現場に行ってみようと思いました。

 そのネットカフェがとにかく狭くて、仕切もなくて、全然落ち着けなかったので、結局、その夜はあまり眠れませんでした。
 やっぱり、新宿まで出て、前に泊まった個室のところにすればよかった、と思いました。

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