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2006年4月22日 (土)

阿部忍「泣血」


 阿部忍という先生が書いた違星北斗の小説「泣血」は、よくよく読んでみると、けっこうよく調べられて書かれていることがわかりました。当時の余市のことをよく知る人物、あるいはそういう人に取材した人物が書いたものでしょう。
 古田謙二の記述と重なる部分も多いので、古田からも取材しているのかもしれません。

管理人  ++.. 2006/04/22(土) 14:35 [184]

阿部忍という方は、おそらく駒大の先生で、体育や武道を専門にされていた方でしょう。

1920年生まれですから、1951年に「泣血」を書かれたのが31歳の頃。

駒大の図書館の蔵書に1950年に北方文芸から出した詩集があるようですから、北海道とも、文芸とも関係がありそうです。

「泣血」はもちろん小説ですが、随所に見逃せない記述があります。
 たとえば、昭和29年のNHKのラジオドラマ「灯りを掲げた人」の中に、北斗が平取のウタリに「イポカシ」(醜男の意、イボシとひっかけている)と言ってバカにされるシーンがあるのですが、同じエピソードが「泣血」にもあります。
 また、古田謙二の「『アイヌの歌人』について」には、大正13年の1月に、余市の修養会で北斗が大演説をぶつ場面が出てきますが、「泣血」にも同じエピソードがあります。

 昭和26年ですと、テキストが初版の『コタン』ぐらいしかなく、かなり、足で歩いて関係者に取材をして書いたものであるような気がします。

管理人  ++.. 2006/04/24(月) 11:00 [187]

> 阿部忍という方は、おそらく駒大の先生で、体育や武道を専門にされていた方でしょう。

 でも、ちがうかも知れないです。

 先日、ある方からコピーをいただいた文書によると、阿部忍氏は、昭和29年の時点で東京の世田谷区新町に住んでいたようです。
 阿部氏は「隊商」「駒澤文学(壇?)」に北斗関係の記事を発表したようで、またこれらとは別に(?)、ガリ版雑誌に北斗のことを連載したようです。 

管理人  ++.. 2006/05/01(月) 23:31 [188]

連休中は、ひたすら「泣血」のテキスト化作業。

(じつはまだ終わっていない)。

じっくり一字一字打ち込みながら、どこまでが事実に即しており、どこからが創作であるのかを見極める作業でもあります。

著作権は死後50年ですので、阿部忍氏の没年がわかりませんので、サイト上にアップは出来ませんが、そのうち概要を書きたいと思います。

現在、北斗の東京でのラブロマンスを入力中ですが、これがまあ、ちょっとキツイ。創作なのは間違いないのですが、しかしそれに類することはあったかもしれないとは思います。
管理人  ++.. 2006/05/08(月) 10:07 [189]

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