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2006年4月13日 (木)

朝泣きの日

2006年04月13日11:01
 電車で朝日新聞を読んでいたら、「アイヌ文化再興へ」という記事がありました。
 二風谷のFMピパウシのことと、二風谷フォーラムのこと、それと白老の「イオル構想」の事などが載っており、囲み記事で萱野茂さんのお話がありました。

 この、萱野さんのお話の中で紹介されたウウェペケレ(昔話)が、非常に印象的でした。ネット上にアップされてたらリンクできるかと思ったのですが、みつかりませんでしたので、ちょっと長いですが引用します。

《(前略)
 私が書いたウウェペケレの本から、言葉の力で戦争を止めたエカシ(おじいさん)の話を紹介します。
 その昔、ポロシリ岳(日高山脈)をはさんで、十勝アイヌと沙流アイヌの間でいさかいが起きそうになりました。
 この時、二風谷のアイヌで、雄弁で知られるピクムというおじいさんが、若者の背におぶわれて山を越え、谷を越え、毒を塗った弓矢を持ちいきり立つ男たちの間に割って入りました。
「ポロシリ岳をはさんだ沙流川と十勝川。お前たちは二つの乳房で育った兄弟だ。どうしていさかいをするのか」
と語ると、若者たちは言葉の正しさを知り、仲直りしました。
「人間の言葉ほど強い武器はない」。猛毒の矢よりも、どんな鋭利な刃よりも、力がある。人の話をよく聞き、立派な人になりなさいという教えです。》(朝日新聞平成18年4月13日)

 この話を読んでいて、いろんなことを思い出しました。
 夏に萱野さんにお会いして、違星北斗の研究をしていると言うと、がんばりなさいと言ってくださったこと。
 「文学は世界を変えると信じなさい」という、小川国夫先生に言われた言葉ともリンクしました。

 気がつけば、電車の中で涙を流しながら何度も読み返していました。

 最後に《言葉は民族の象徴、魂です。伝え続ける限り、脈々と輝き続けます。今の子どもが大人になった時、「おれは萱野茂からアイヌ語を学んだんだ」と胸を張ってくれたら、いい仕事をしたなと、うれしくなります。》という言葉に、心を洗われるような気がしました。
 
 お話に出てきたピクムというエカシ。
 そのお話をされた萱野茂先生。
 そこから思い出した小川国夫先生。

 近鉄電車の中で手の甲で涙をぬぐいながら、このような老人になりたいものだと思いました。  

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