おひさしぶりです。
違星北斗に久々に新資料。
岡山県の金光町にある金光図書館(金光教という宗教の図書館です)にいってきました。
以前一度いって「自働道話」という昭和初期の雑誌を通読してきたのですが、今回は「子供の道話」という雑誌を通読してきました。 北斗が世話になった西川光次郎という思想家が出していた雑誌です。
ありました。 ありましたよ、北斗の未発見資料がザクザクと。
もう、興奮して、悶絶して、大変な状態でページをめくっていました。
その1、西川宛の北斗の手紙が何通も掲載されていました。新事実、多数。そこに、新発見の短歌も4首あります。
これまでの年表が書き変わってしまう内容です。
その2、新発見の北斗の手による童話が何編も。 同時に、これまで出典不明だった北斗の童話も、この「子供の道話」が初出だというのがわかりました。
その3、北斗の恩師奈良先生の原稿も掲載されておりまして、これは北斗の勧めによって書かれたもの。いわば、北斗プロデユースです。
その他、細かい発見がたくさん、たくさん。
じょじょにBBSにて整理していきます。
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| 管理人 ++.. 2006/06/26(月) 10:46 [211] |
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「子供の道話」に相当する内容は、小樽新聞にも掲載さていましたが、その経緯に興味があります。
河合裸石がらみでしょうか?
投稿: 木曽山人 | 2021年12月20日 (月) 01時20分
北斗と「自動道話」「子供の道話」との関係が強かったのは上京中の大正14、15年と、北海道に戻ったばかりの昭和2年夏くらいまでなのですが、自分の地元ではない日高にいながら、世話になった東京の恩人たちに手紙や原稿を送っていた感じだと思います。これらは東京のマイナー雑誌であり、アイヌの現状には縁遠い人々への投稿だといえると思います。
昭和2年の秋ごろから、北斗は「余市」に軸足を置くことで、地元の研究や、地元の小樽のメディア、小樽の歌壇との関わりが強くなります。
小樽新聞との関わりもでき、「地元のメジャー新聞」に、かつての短歌や、作品を再投稿したのではないかと思います。
これは、実際にアイヌの現状に関係している、和人やアイヌに向けてのものになるので、意味合いが違ってくると思います。
投稿: 管理人 | 2021年12月20日 (月) 01時40分
「河合裸石」については、申し訳ありません。全く存じ上げないです。
投稿: 管理人 | 2021年12月20日 (月) 01時41分
「河合裸石」は小樽新聞にいた人なんですね。
北斗と「小樽新聞」の接点ということでいえば、「並木凡平」だと思います。
北斗が小樽新聞に投稿し、それが並木凡平の目にとまったという経緯だと思います。
投稿: 管理人 | 2021年12月20日 (月) 01時46分
有難うございます。河合裸石の名前が出たのは、奈良農夫也同様、蘆花の愛顧を受けて北海道で教師となった変わり者なので、つながりがあるのだろうなと思ったのです。
投稿: 木曽山人 | 2021年12月21日 (火) 20時46分