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2006年8月 5日 (土)

新資料

 以前、貴重な資料を送ってさった方が、新たに新資料を送ってくださいました。
 北斗宛の書簡など、多数。
 詳細はまた、整理してお知らせします。 

管理人  ++.. 2006/08/05(土) 10:57 [254]

今回の資料は、「違星北斗の会」を主宰されていた木呂子敏彦氏の所蔵されていたものの写しを、ご遺族から送っていただいたものです。

(以下敬称略)

(1)違星北斗の会 違星北斗歌碑寄付 芳名録

(2)谷口正→木呂子敏彦 書簡
 1)「日本語の生理と心理」問題に関する資料

 (概略)金田一京助の子息、金田一春彦の「日本語の生理と心理」に幼い金田一春彦の、北斗の「悪印象」が書かれていた。
 谷口正が金田一京助に手紙を送ったところ、京助から電報および書簡で息子の春彦の書いたものは間違いである、春彦に抗議してもらってもかまわないという内容の返事が来た。

 2)谷口正が道新に書いた「違星北斗の歌碑に思う」の写し

(2)書簡

 (1)古田謙二宛(北斗闘病中)

  1)昭和3年 ハガキ(絵) 後藤静香より 見舞 
  2)昭和3年12月28日 封書 後藤静香より 見舞
  3)昭和3年12月25日 封書 松宮春一郎より 見舞

 (2)違星北斗宛
  1)昭和3年12月19日 絵ハガキ、後藤静香より 見舞
  2)昭和3年 ハガキ、鈴蘭詩社より1通 原稿依頼
  3)昭和2年3月23日 ハガキ 金田一京助より 今野正治という青年について
  4)昭和3年4月26日 ハガキ 金田一京助より アイヌ学会に向井山雄が呼ばれ、騒ぎを起こしたこと等
  5)昭和3年7月17日 封書、金田一京助より 見舞、励まし。北斗や篤治のような若者が、中里徳太郎という傑物について語り次がねばならない、云々。
  6)昭和3年?1月4日 封書、バチラー八重子より 年賀の挨拶、中里の息子の病状を教えて欲しい云々。

(3)古田謙二から湯本喜作への手紙
  1)「アイヌの歌人」を読んだ感想
  2)資料の貸与について
(4)木呂子敏彦宛書簡
  1)昭和29年4月21日 後藤静香より 
   平取幼稚園援助打ち切りと平取小学校への援助について
  2)昭和29年4月28日 後藤静香より
   北斗の歌碑について、揮毫の辞退
  3)昭和29年8月1日 後藤静香より
   経費の件、その他
(5)「違星君の平取入村当時の思い出」
  今のところ筆者は不明。平取在住のアイヌで、北斗と親しくした人かと思う。(今後、記述から著者の特定は可と思う)。
   阿部忍の小説「泣血」を読んで、その誤りを逐一正したもののようで、貴重な証言が多数含まれている。

(6)「放浪の歌人・違星北斗」の続き
 
 前回第二回まで送っていただいた北斗の評伝の続き。
(これは、北方ジャーナルという雑誌に掲載されたものだそうです)。

 一読したところ、前回のように驚くような記載はありませんでしたが、今後、一字一句ちゃんと読んでいきたいと思います。

とりあえず、北斗関係としてはこのあたりです。
今後、個別に精査していきたいと思います。

管理人  ++.. 2006/08/07(月) 19:34 [255]

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