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2006年9月24日 (日)

北斗の童話 拾遺

 鍛冶照三は私家版で「あけゆく後方羊蹄(しりべし)」という本を出しています。
 これは、日本書紀の斉明記に出てくる、阿部比羅夫が蝦夷地に渡り、後方羊蹄というところに政庁を置いたという記述について「その政庁を置かれたところこそ余市である!」という、少し毛色の変わった本です。

 鍛冶はこの本の中に、違星北斗との思い出を書いており(前述の「よいち」掲載の分の転載)、さらに北斗が書き残したという童話を3編掲載しています。

 そのうち1編は、『コタン』掲載の「郷土の伝説 新出からの魂の生活」という昔話ですが、もう2点が、新発見のものです。
 初出がどこかわからないので、本当に北斗のものであるという証明ができませんが、北斗の書いた昔話として載せてみます。


「あけゆく後方羊蹄」   鍛冶照三

十四、余市に伝わるアイヌの伝説(違星北斗の記述から)

(1)シリパのオマンルパラ


(略:コタン所収「郷土の伝説 死んでからの魂の生活」とほぼ同じ内容)



(2)林檎の花の精

牛乳のような柔らかみを帯びた空に夕陽が赤く流れる春の夕べ、美しい雲が往来して、そよ吹く風に林檎の花が銀の雪のように散った。
山に猟にでかけたコタン近くまで来た時には、日はとっぷり暮れてかすんだ月がぼんやり輝いて細長い野道を青白く彩っていた。若者はほの白く咲いたりんごの木並びに差しかかった時、ふと誰かがつづいて来るように感じた。若者ふりかえって見た。けれどもそこには甘い匂いを漂わすりんごの木立ちが道の両側を囲むのみで、何の姿も見え出せない。「何だろう?」若者はつぶやきながら歩みつづけた。けれど何となく恐怖しかかった。彼は大声を上げて歌い出した。それは恐怖から逃れようとする彼の可憐な努力であった。洗練された美しい声が、静かな山道に反響して遠く消えて行く。りんごの花がほろりと散る。若者は一心に歌った。けれど声がとぎれると、確かに何者かのかすかな足音が耳に入る。ちょうど宙を行くような軽い足音であった。「あなた、あなた。」水の垂るような声が、ふと夜の静けさを破って聞えた。若者はきょっとして声のする方を見ると、そこには世にも美しい一人の女が立っている。
「私は先刻からあなたのお出でを待っていました。」と言って、女は真珠のような歯を現わしてほほえみました。
「一体あなたは誰人です。」
若者は顫える声で訊いた。女は「シノオマニイオチの娘です。わたしはあなたを思っていました。」と言って寄り添って来た。若者は、それから後は夢見るような気持ちであった。
「今夜はこれでお別れしましょう。」暫くたって女はしんみりと言った。若者はまだ熱にうかれたかのようい「これから私と一緒に来て下さい。そうしていつまでも離れずに居りましょう。」と言う。
「今夜は行くことが出来ません。十六夜の月が出たら迎えに来て下さい。」「なぜ今夜はいけないのですか。」「でも……。」と女は言葉を濁した。「では十六夜の月の出る時を待っていましょう。その夜、美しいあなたを、私はきっと迎えに来るでしょう。」「ほんとうに……。」「誰がウソを言うものですか。」「堅くお約束いたします。」「勿論ですとも。」と若者は大きくうなづいた。「わたし嬉しい……。」と女は燃ゆるような瞳を若者の頬に寄せた。若者は念を押して女の手を放すと、「さようなら……。」と女は言葉を残したかと思うと、雪と散るリンゴの花の中に、姿を吸われるように消えてしまった。
若者は、あまりのことにぎょっとした。そして恐怖を感じて鳥の翔けるように走ってコタンに帰った。その出来事は嬉しい夢であり、恐しい夢であった。女との約束を果たす気にはなれなかった。十六夜の月はほのぼのと大きく輝いて、山からさしのぼった。若者はしかし女のとこに行こうとしなかった。次の朝、白いリンゴの花に身を埋めて若者が冷たくなっておるのをコタンの人々が発見した。

管理人  ++.. 2006/09/24(日) 22:55 [274]


(3)ローソク岩と兜岩

「あれ!赤い火が沖を飛ぶ、焔のように乱れ飛ぶ、ズート列をなして沖の方へ飛んで行く。早い、早い、実に早い何だろう。この暴風雨に海へ出ている舟もなかろうに……。不思議だなァ……。」
余市町に近い寂しい海辺、星一つない真っ暗な沖合いに、赤い一列の灯が乱れ飛ぶのを見ながら、村の者は物の怪につかれたように、恐れ騒いでいた。
この村に勇敢な若者があった。赤い灯が飛んだ夜……、彼は不思議な夢を見た。美しい月夜だった。彼は沖へ出て釣りをしていた。グイグイ強い手応えと共に竿を上げようとしたが動かぬ、あせればあせる程、彼は強い力で底の方へ、グングン引かれ、いつの間にか、彼は底知れぬ深い暗いところに引き入れられるような気がした。彼の前には大きな岩の門が立っている。彼は入って見た。そこには彼の空想だにしたことのない壮麗な城があった。二匹の大きな魚が門の両側に楯を持って立っていた。そして彼をうながした。奥に入ると広い。恐ろしく立派な部屋に出た。そこに微笑んで立っている美しい女を見た。華やかな装い。しかしどこかに愁色が漂っていた。
「人界の御殿とお見受け申します。わたしはこの奥の王城の女神ですが、どうか折り入って私の願いをきいて下さい。そしてあなたの御力を貸して下さい。」こう云った女神の愬(うった)うるところに依れば、ここ十数日毎夜々々海の怪獣が列をなして押し寄せ、王城の魚を奮(ママ)って行く。男の神様でも居れば退治することも出来ようが、生憎遠国へ出かけて留守だから、あなたのお力でその怪獣を退治してくれ、成功すればお礼として毎年夥しい銀色の鰊をあなたの村へ贈るというのである。
「ハテ不思議だ。さてはあの赤い灯は怪獣の行列であったか。」日頃夢など信じたことのない彼ではあったが、この時ばかりはこの夢が妙に気になって仕方がなかった。何だか不思議な予感が波立ったのであった。
その日村の農夫が耕やしていると、何か硬いものがカツンと鍬にあたった。掘り返えして見ると、立派な青銅造りの兜と氷のような剣だった。土の中にあったにも拘わらず、剣は不思議にピカピカ光っていた。
「これはデッカイものを掘り出した。」噂を聞いて若者は、カムイの使者に聞いた。「これはあの女神があなたの勇気を頼んで、この不思議な武器を下さったのぢゃ。」若者の怪獣に対する恐れは、この一言で全く消え去った。彼はその厳しい武器を見た刹那、何んとなくその武器をもって力の限り戦って見度(みた)い心が、漲り湧くのを覚えた。数日の後、選りすぐった三十人の勇士が熊の皮に身を固め、手に手に槍を持って勇しく
浜を船出した。船頭には神秘の兜をつけ、降魔の利剣をひらめかした若者の姿が雄々しく見られた。舟は余市の沖を北へ北へと進む。月は既に落ちて月のない大空には北極星が寂しく光っていた。彼等は赤い灯を……真っ暗な海を一列に乱れ飛ぶ不思議な灯を待った。
その時、東の方に一点の赤い灯がポッカリ浮んだ。一つ、二つ、三つ、灯は忽ち数を増し、夥しい列をなして、真一文字に乱舞し、旋回しつつ押し寄せて来た。そして恐ろしいこの世のものとも思えぬ叫声をあげながら、物凄い勢いを以って船に肉迫して来る。剣は暗に閃く、槍は流れる。矢は波頭を切って飛ぶ。恐ろしい戦いは始まったのだ。若者は霊剣を滅法に振り廻したが、何の効果もなかった。バタリバタリ凄まじい音を立てながら、味方の漁夫は船から海へ怪獣のために斃(たお)されて行く。若者は死者狂いだった。怪獣は益々その狂暴な底力を発揮し暴れ廻わる。その時叫喚の音の絶え間に鋭い声が彼の耳を打った。
 「剣を潮にひたせ、その剣を」彼は夢中になって剣を海中に入れた。時しも怪獣の一つは恐ろしい力を以って彼の首を引き抜こうとする時だった。不思議なるかな、この時剣は急に灼熱して光りを増した。と思うと怪獣は奇異な叫びを発して、何処ともなく退却した。かくして戦いは終わった。海は静まった。しかし何んたることであろう。若人はそれから村には姿をみせなかった。その事件があって五日目であった。一人の男が「オイオイ皆来イ!」眠りから覚めた人達は彼の指さす方向を見た。不思議にも若者がかぶっていた赤銅の兜がポッカリ浮いている。そして更に不思議なことには、彼の腰にさしていた剣は突き立っているではないか。このことがあってから、余市は毎年のように鰊が押し寄せて村は豊かにすごすことが出来た。一方を兜岩、一方をローソク岩と村人は呼んでいるが、それは怪物を退治した記念の兜と剣の化石である。

管理人  ++.. 2006/09/24(日) 23:59 [275]

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