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2006年12月

2006年12月29日 (金)

北斗の成績表

違星北斗の小学校の成績表のコピーを入手しました。そこからいろいろなことがわかります。

41年次
氏名 違星瀧次郎 生年月日 明治三十五年一月一日
住居 大川町番外地

入学年月日 明治四十一年四月一日
卒業年月日 大正三年三月廿四日

保護者
 氏名 違星萬次郎 住所 大川町番外地 職業 漁業
 児童トノ関係 祖父

学業成績   |1 |2 |3 |4 |5 |6 |
  修 身   |甲|甲|乙|乙|乙|乙|
  国 語   |甲|甲|甲|乙|乙|乙|
  算 術   |乙|乙|甲|甲|乙|甲|
  日本歴史--|--|--|--|乙|乙|
  地 理   |--|--|--|--|乙|乙|
  理 科   |--|--|--|--|乙|乙|
  図 画   |--|甲|乙|乙|乙|乙|
  唱 歌   |甲|甲|乙|乙|乙|乙|     
  体 操   |甲|乙|乙|甲|乙|乙|
  手 工   |--|--|乙|乙|乙|乙|
  操 行   |乙|甲|乙|乙|乙|乙|

修了の年月日 第一学年 明治四十二年三月廿三日
             第二学年 明治四十三年三月廿三日
             第三学年 明治四十四年三月廿四日
             第四学年 明治四十五年三月廿三日
             第五学年 大正二年三月廿四日
             第六学年 大正三年三月廿三日

在学中出席及欠席1年 2年 3年 4年 5年 6年
出席日数          244    190   242   229   206   227
欠席日数 病気       0   57      0      0       0      0
         事故       2       1      6    17      41    23

身体の状況
                  1年  2年  3年  4年  5年  6年
        身長  110.0   115.5   121.0   124.0   4.18    4.48

        体重   18.8     20.7     22.5     24.9    7.600  7.550
        胸囲  56.0     57.0     59.0     63.0    2.17   2.25
        脊柱  正       正       正       正       正     正
        体格   中       乙       甲       強       強     中

管理人  ++.. 2006/12/29(金) 00:46 [288]

 なぜか、祖父万次郎が保護者になっていますね。
 どうして父甚作ではないのでしょうか。

学業成績は、徐々に悪くなっていますね。
欠席も後半の学年にいくほど増えます。

> 身体の状況

 これは、なぜか4年生までがメートル法、5年生から尺貫法に単位が変わっています。

> 身長 |110.0|115.5|121.0|124.0|4.18尺(=126.7cm)|4.48尺(135.76cm)|
> 体重 |18.8|20.7|22.5|24.9|7.600 (28.5kg)|7.550(28.35kg)|

 驚くべき事に、5年生から6年生の間に身長は10センチ近くのびているのに、体重は減っている! 体格も「強」から「中」へと下がっていますから、かなり激やせしています。記録にはありませんが、なにか病気をしたのかもしれません。
 
> 体格 中 乙 甲 強 強 中

 小学六年生で母ハルの死を迎えるのですが、それが関係しているのでしょうか。

管理人  ++.. 2006/12/29(金) 01:14 [290]

2006年12月26日 (火)

北海タイムス昭和5年8月29日

Hokutotimes

 同族のための
     熱の歌
  

  

若くして病にたふれた
旧土人復興の運動者

 最近旧土人保護法案の撤廃と独立を提唱する叫びが目覚めた旧土人の間に挙げられて来た国家の保護にあまんじ無自覚な生活を続けて来た結果アイヌ種族の滅亡の端を発したのだアイヌ族の復興は我々の手でやれと云ふのが此純真な人々の叫びなのであるこの運動の裡に若くして此運動の第一声を挙げ病に倒れた燃える様な情熱の青年があつた事を忘れてはならない

仕方なくあきらめるんだといふ心哀れアイヌを亡ぼした心……と嘆じ、強いもの!それはアイヌの名であつた昔に恥よ覚めよウタリ……と強く叫んでアイヌ族の為に万丈の気焔を吐き志半ばにして病に倒れた一青年は名を違星瀧次郎君といひ余市旧土人をもつて組織して居る現余市造資組合長違星梅太郎君の実弟である彼は明治三十四年に生れ余市大川尋常小学校を卒業するとから或は夕張登川の木材人夫に石狩の鰊漁場に轟鉱山の坑夫に汗と血と忍苦の生活を続け大正十二年七師団に入隊して八月除隊後再び労働に従事し売薬行商をなしその間「あゝアイヌはやつぱり恥かしい民族だ酒にうつゝをぬかすその体(てい)」と寂しく歌ひ乍ら種族の自覚を叫んで歩いた、が遂に彼の終始一貫せる愛の事業も志半昭和四年一月空しく二十九歳で病に倒れたが彼が前半生を同族の為に捧げアイヌ民族全体の幸福を来す基を築き上げるまでの熱の歌と日誌の遺稿を集めてコタンといふ小冊子を頒布し彼の兄梅太郎君は又故人の遺志をついで雑誌コタンを刊行し之による収益をもつて愛憐事業の一つである故人の雅号をそのまゝに名づけた北斗農園を新設し同族の青少年を収容して旧土人復興の大事業を完成せんと意気込んで居る梅太郎君は語る
 我々はアイヌと呼ばれたくないそして差別撤廃を叫びたいんだ現在余市に居住して居る旧土人は四十八世帯二百四十六人に達して居るその生活業態を見ると労働四、農業十、漁業九十二、商業五、その他百となり、之等をもつて造資組合を設立し愛憐事業の一つとして居る故人の遺志である北斗農園設立も着々進行して居る(写真は若くして逝いた違星君)

(北海タイムス昭和5年8月29日)

管理人  ++.. 2006/12/26(火) 00:02 [286] 

 
 遅くなりましたが、北海タイムスの北斗の紹介記事です。タイミング的には、遺稿「コタン」が出てすぐです。
 皮肉なもので、目の敵にしていた「北海タイムス」にもこのように紹介されていたんですね。
 
 この写真が、北斗のもう一つの写真です。
 文中に兄の梅太郎が北斗の遺志をついで「雑誌コタン」を出すつもりだというのも出てますが、これはどの「コタン」をさすのか、わかりませんね。

 それと、「北斗農園」のことも出ています。

管理人  ++.. 2006/12/26(火) 00:07 [287]

2006年12月 1日 (金)

北斗への手紙

 
 「違星北斗の会」主宰の木呂子敏彦氏のご遺族の方からコピーをいただいた資料の中の、「北斗への手紙」です。


●昭和2年3月23日
金田一京助→違星北斗 葉書
「いろいろなことを体験された出せう。過日北海タイムスの一文は私も向井山雄君から送られて一読しました。札幌郡広島村字中ノ沢今野正治といふ青年です。どういづ人かよく分からないが、アイヌ問題が太平洋学術会議などできまってしまひでもするかのやうに期待して聞いてよこしますから、百年千年の懸案で、さう/\会議などできまってしまふやうな簡単な事では無いのみ成らず、よそから来た人々は、オーストラリヤ人へ関係つけて考へてゐるやうですから、あんな激烈な返事を出したのでした。何かアイヌの歴史をしらべてゐるそうです。それはこれから調べるべきだと云ってやったら、それでは自分も村へはいって、そのしらべにかからうかと云ってるのです。」


管理人  ++.. 2006/12/01(金) 01:56 [278]


●昭和2年4月26日
金田一京助→違星北斗 葉書
「いつもお元気で結構、鰊があまりよくない由心配して居ります。体の無理をなさらぬやう祈ります。こちらはやっとよい時候になりました。あの後一度アイヌ学界を開きました。向井山雄君の上京を期として、ウメ子さんも同伴して大いにこんどは知識階級の人を東京人に紹介したわけです。一同の人々が驚異したのも愉快でした。但し向井君があのとほりのものだから、それに当夜のお客さんの中には、知らぬお客さんもよんだものだから、その人との間に向井君が激論をやり出し、会が白けて残念な幕をとぢました。議論半ばに時間が切れ、それに大雨に祟られて帰ったものでさんざんに皆が濡れとほって。
本年一月号(十二月の内に出版)の新青年に「太古の国の遍路から」を書きました。民族の五月号には知里真志保さんの研究があらはれます。」
宛名 北海道余市町沖村 ウタグス 違星漁場 違星瀧次郎様


 ここで貴重なのは、やはり「違星漁場」の存在が記されていることですね。シリパの岬の裏にあるウタグスに、違星家は漁場を持っていたのです。
 といっても、地元の方に聞くと、非常に辺鄙な、漁場としては良くないところらしいですが。

管理人  ++.. 2006/12/01(金) 01:59 [279]


●昭和3年1月?
バチラー八重子→違星北斗 封書
「新年お目出度御座います。
つひ分御無沙汰いたして居ました。
御変もありませんか。私はお正月休に参って居ます。札幌の養家に一度上がり度ような気持で居ますが上がってもしご迷惑をおかけ申ますようなればいけませんと存じて居ます それに御伺申*ことも御座いますの 中里様では何の変ったこともありませんでしたでしょうか
御息子様の御病気は其後如何でございましたでそう御伺ひ申つもりで居ました 今まで思つゝも何ふしていいのかわからず つひこんなにのびて終ひましたのです
おそれ入りますがくはしく一寸御知らせをお願ひ申上げます 年は新っても私独りは少しも新しくなりません だん/\古びてゆくことを感じます
では御便りをたのしみ待って居ます どうぞごめいわくでもよろしく御願ひ申ます
一月四日  バチラー 八重
違星様」


 八重子はこれを札幌から出しているはずなのですが、札幌の養家に一度上がりたいというのはどういうことなんでしょうね。
 養家とは養父ジョン・バチラーのいる札幌聖公会でしょうが……よくわかりませんね。
 八重子は中里篤治の容態を、北斗に聞いているのですが……どう答えたのでしょうね。
 篤治は昭和4年6月9日に亡くなっています。結局、北斗の方が早く(昭和4年1月26日)に死んでしまいました。

管理人  ++.. 2006/12/01(金) 02:07 [280]


<●昭和3年7月17日
金田一京助→違星北斗 封書(要抄)
「君のやうに正直な真面目な人をかうして若い身そらを空しく故山に病ましむるいふことは神の摂理のあまりに無情なことを嘆かずに居れない。
君静平な心持ちを持して寸分ゆるみなく、余計な感傷にひたることをよして、けんめいに病と戦ひたまへ。
 多感な情熱家の君は、ひょっとしたらあまり感傷にひたって、病気を亢進させるやうなことがありはしないかと心配です。
中里のお父さんの死は大きな打撃でせう。この人の生涯をあくまで劇的主人公たらしめて終わりましたことをいたましくも又美しくも讃歎致します。誰かぜひともこの偉人の片影でも後世に残すやうにはたらく人がないものですか。君といひ徳治君といひ、その天職のためだけでも、まだ/\健康でゐてくれなくてはならない人だちです。君たち二人が直らなくてどうするものですか。それには悠々閑日月の心境を養ふことです。どうかどうかたのみます。


 篤治の父、徳太郎が亡くなったのが昭和3年6月5日。剛毅な人だったようで、金田一も「アイヌの話」という文章の中で徳太郎の生涯を書いています。
 徳太郎・北斗・篤治と立て続けに余市の同胞を失った八重子は、彼らの墓前で一首ずつ短歌を詠んでいます。


端然と ちからづよくぞ 語られし
君今はゐず ゐろり空しも

     逝きし中里徳太郎氏


墓に来て 友になにをか 語りなむ
言の葉もなき 秋の夕暮れ

     逝きし違星北斗氏


ただ一人 父のかたみと 残されし
君また逝きぬ うら若くして

     逝きし中里篤治氏
管理人  ++.. 2006/12/01(金) 02:23 [281]

 ここからは、死が間際に迫った北斗への手紙です。


●昭和3年12月19日付
後藤静香→違星北斗 ローマ字綴り葉書

「違星様、あなたのこと、そしてあなたがたアイヌ民族のことを思いますたびに、私のこころをいためます。どうぞこのうへとも健康に気をつけ、大きい使命を果たしてください。あとから日記などをさしあげます。あなたの歌いつも涙で拝見致します。ここに十円お歳暮として入れます。
十二月十九日 静香」

管理人  ++.. 2006/12/01(金) 02:31 [282]

次からは、古田謙二宛になります。
古田が北斗の病状を伝える手紙を関係者に送ったのだと思います。


●昭和3年12月25日付
松宮春一郎→古田謙二宛 封書
「違星君の病状お知らせ下されくりかへし拝見いたしました。何とも申様もないこと涙の袖をしぼります。近いところならばと残念に存じます。昨日見舞のしるし迄に為替いたしました。只今違星君の知友中の有力者三四の方に見舞金を直様に送ってくれと手紙を出して置きました。甚だ申兼ますが見舞ってやって下さい。慰めてやって下さい。
小生の**雑誌を今後拝呈いたします近著一冊拝呈いたします。
十二月廿五日 松宮拝」
東京市小石川区茗荷谷町五二番地 松宮春一郎

●昭和3年12月28日付
後藤静香→古田謙二宛 封書
「違星兄の為に御心尽くし感謝に堪へません少しばかりのお見舞を送って置きました。同君をよく慰めて下さい」


12月10日の日記で、北斗は古田に代筆を頼んでいます。手紙などの処理は、古田に頼んでいたのでしょう。

次の一通は日付が不明ですが、古田宛になっているので、同じ頃のものかと思います。


●昭和3年(?)
後藤静香→古田謙二宛 絵葉書 
「毎日違星兄の為に祈って居ります。電報為替で少しばかり送りました。同氏の事頼みます。

管理人  ++.. 2006/12/01(金) 02:39 [283]

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