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2007年11月

2007年11月21日 (水)

貝澤正「アイヌ わが人生」読了

 を読み、いろいろと思うところがあり、しばらく向き合っていなかった北斗の方に引き戻されたような感じがします。

 猛烈に、いま色々と調べたくなりました。

 貝澤正氏は1912(大正元)年生まれ。
 明治34年生まれの北斗とは10歳ぐらい違います。

 北斗が二風谷を訪れた大正15年には15歳。
 そのころ貝澤氏は小学校の高等科で、二風谷から4キロ離れた平取まで歩いて通っていたようですから、平取に寄宿していたという北斗と、もしかしたら出会っているのかもしれません。

 平取時代、バチラー幼稚園を手伝っていた北斗が寄宿していたのは、義経神社下のブライアント女史がもと住んでいた建物である、という話と、もう一つ「忠郎」氏宅に寄宿していたという話があり、どちらかよくわかりません。
 この「忠郎」氏というのは、著者不明の「違星君の平取入村当時の思い出」という文書に書かれているのですが、この忠郎氏のこと、それにこの文書を書いた人が誰なのかが知りたい。
 おそらく平取の図書館に行けばわかるのだと思います。
 いろいろと、ほったらかしにしていたことを、もう一度ちゃんとやらねばならないと思っています。
管理人  ++.. 2007/11/21(水) 00:11

2007年11月 3日 (土)

松木淳


オークションで取引された本

 新短歌 『太陽と雪』 アイヌ人違星北斗の歌 一條 正著(終了日時 : 2005年 9月 7日 7時 54分)
http://rating4.auctions.yahoo.co.jp/jp/show/rating?userID=aak88650&author=mimizou58&bfilter=&bextra=&brole=buyer&bpn=1&bsf=

国会図書館にもなし。一條正という人は昭和初期の詩人のようです。

・「路上」108号に北斗の研究記事あり。107号にもありました。

http://www.h4.dion.ne.jp/~rojyo/

・松木淳という人の詩に北斗を歌ったものがあるようです。
http://eigaku.cocolog-nifty.com/nikki/2007/08/post_f93b.html
 



管理人  ++.. 2007/11/03(土) 16:17 [340]

松木淳(まつき・あつし、1904~1984)


 「荊の座 松木淳詩歌集」


  屑っ切れのうた 1931


 読み終りわれ眼を閉じて思うこと
 違星北斗の遺稿コタンを

 彼が持ちしアイヌの悩みと
 わがもてる
 悩みと深く通うものあり

 悩みつゝ北斗は逝けり
 いたましや
 彼をうばひし病に吾も病む

 去り行ける違星を惜しむ
 生けるうち
 知りなばわれもたよりせんものを

 去り逝ける
 違星北斗よ君が胸の
 深き悩みの われにはわかる

 去り行ける違星北斗よ
 君が霊に
 われも心を捧げて誓う

 短かゝりし二十九年のいのちなれど
 違星北斗は
 コタンに 光る

 同族を想ひて夜を泣き明せし
 違星よ
 われも泣き明すもの

 

 

管理人  ++.. 2007/11/06(火) 19:28 [341]

 松木は山口県出身の詩人・歌人・運動家で、若い頃は水平社員であり、差別と結核に苦しんだようで、コタンを読み、北斗へのシンパシーを感じて歌を詠んだようです。
 北斗に関する歌は「コタン」出版の翌年、1931年に詠んでいます。

 生前の北斗もまた、水平社運動に尊敬を払っていました。
 もし、二人が出会っていたら……どうなっていたでしょうか。

管理人  ++.. 2007/11/06(火) 19:39 [342]

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