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2007年11月21日 (水)

貝澤正「アイヌ わが人生」読了

 を読み、いろいろと思うところがあり、しばらく向き合っていなかった北斗の方に引き戻されたような感じがします。

 猛烈に、いま色々と調べたくなりました。

 貝澤正氏は1912(大正元)年生まれ。
 明治34年生まれの北斗とは10歳ぐらい違います。

 北斗が二風谷を訪れた大正15年には15歳。
 そのころ貝澤氏は小学校の高等科で、二風谷から4キロ離れた平取まで歩いて通っていたようですから、平取に寄宿していたという北斗と、もしかしたら出会っているのかもしれません。

 平取時代、バチラー幼稚園を手伝っていた北斗が寄宿していたのは、義経神社下のブライアント女史がもと住んでいた建物である、という話と、もう一つ「忠郎」氏宅に寄宿していたという話があり、どちらかよくわかりません。
 この「忠郎」氏というのは、著者不明の「違星君の平取入村当時の思い出」という文書に書かれているのですが、この忠郎氏のこと、それにこの文書を書いた人が誰なのかが知りたい。
 おそらく平取の図書館に行けばわかるのだと思います。
 いろいろと、ほったらかしにしていたことを、もう一度ちゃんとやらねばならないと思っています。
管理人  ++.. 2007/11/21(水) 00:11

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