『コタン』に泣く(後藤静香)
後藤静香の希望社の雑誌のうち、北斗関係の記事が載っていそうなものを調べていたら、希望社の雑誌「大道」昭和5年8月号に後藤静香による、北斗追悼の記事を見つけました。
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『コタン』に泣く
悦ぶと云う字は活字の無くなるほど使つても、泣くと云う字はめつたに使わない私が、こゝにこんな見出しを書いた。
実際のところ、余りに大きい問題を背負つて居るので、大抵なことでは泣けない私であり、又久しい間の鍛練で、冷たくなつて、熱い涙など殆ど出さなくなった私ではあるが、『コタン』ではとう/\泣いた。人間の至情に負かされた。
『コタン』はアイヌを以て自ら満足し、之を誇りとし、アイヌを救わんが為の大使命に生きた一青年、違星北斗兄(けい)の遺著である。小冊子であるが、此の中には生きた説教が沢山ある。
泣かされる、考えさせられる。
違星兄が一民族を背負っての苦しみは、吾々の現状に較べて余りに大きい違いがある。私は兄(けい)に励まされ教えられた。兄ほどの覚悟と努力でやればもつと仕事が出来る。
違星兄は、アイヌの将来に対し、私の頼りに頼つて居る友であつた。実に惜しい。兄の遺著から、歌を幾つか拾つて見る。
○
はしたないアイヌだけれど日の本に
生れ合せた幸福を知る
幸福と言われて苦しい。相済まぬ。兄よ許せ。
○
滅びゆくアイヌの為めに起つアイヌ
違星北斗の瞳輝く
この雄々しい態度を見よ。
之を思うとき、一郷一郡を背負う日本人が、もつと有りたい。
○
天地に伸びよ 栄えよ 誠もて
アイヌの為めに気を挙げんかな
○
昼飯も食はずに夜も尚歩く
売れない薬で旅する辛さ
薬を売つて生活の資を得ながら、アイヌ部落を次から次と廻り、同志の友を見出して、アイヌ救済の計画を進めて居た。
○
売薬の行商人に化けている
俺の人相つく/゛\と見る
○
空腹を抱へて雪の峠越す
違星北斗を哀れと思ふ
○
「今頃は北斗は何処に居るだらう」
噂して居る人もあらうに
実際此の通りであつた。東京に於ける兄の知己は、いつも兄の消息を待ち、兄の身の上を案じた。此の気持をよく知りながら、我が幸福―東京の生活―を棄て、大念願の為めに此の苦痛をなめた。
○
めつきりと寒くなつてもシャツはない
薄着の俺は又も風邪ひく
○
俺でなけや金にもならず名誉にも
ならぬ仕事を誰がやらうか
此の自覚の貴とさ。こんな男が日本に、もつとあつたら。
「アイヌ研究したら金になるか」と聞く人に
「金になるよ」とよく云つてやつた
社友を一人紹介したら、幾ら貰えるかと聞く人間ある由、其の時は「うんともらえる」と答えたがいゝかも知れぬ。
○
金儲けでなくては何もしないものと
きめてる人は俺を咎める
○
金ためた ただ それだけの人間を
感心してるコタンの人々 (コタン=アイヌ部落の意)
コタンならずとも、同じ様な感心をする人たち沢山にあり。
○
葉書さへ買ふ金なくて本意ならず
御無沙汰をする俺の貧しさ
○
無くなつたインクの瓶に水入れて
使つて居るよ少し淡いが
之ほどと知れば、もつと助ける道もあつたのに。
私には只一回だつて、こんな様子も見せなかつた。
兄にはどんな時にも、武士の態度があつた。
併し、余りに律儀すぎた。
兄を怨みたくなる。
○
見せ物に出る様なアイヌ彼らこそ
亡びるものの名によりて死ね
○
子供等にからかはれては泣いて居る
アイヌ乞食に顔をそむける
○
アイヌから偉人の出ない事よりも
一人の乞食出したが恥だ
○
アイヌには乞食ないのが特徴だ
それを出す様な世にはなつたか
違星兄、君が今頃東京などに来て、洋服を着た乞食、時には自動車に乗る乞食を見たら何と言うだろう。アイヌ以上の恥かしさを感じながら之を書く。
○
滅亡に瀕するアイヌ民族に
せめては生きよ俺の此の歌
○
「強いもの!」それはアイヌの名であつた
昔に恥ぢよ 覚めよ ウタリー (ウタリー=同胞)
○
勇敢を好み悲哀を愛してた
アイヌよアイヌ今何処に居る
○
悪辣で栄えるよりは正直で
亡びるアイヌ勝利者なるか
○
久々に荒い仕事をする俺の
てのひら一ぱい痛いまめ出た
○
仕事から仕事追ひ行く北海の
荒くれ男俺もその一人
○
雪よ飛べ風よ刺せ何北海の
男児の胆を錬るは此の時
○
平取はアイヌの旧都懐しみ
義経神社で尺八を吹く
○
尺八で追分節を吹き流し
平取橋の長きを渡る
○
病よし悲しみ苦しみそれもよし
いつそ死んだがよしとも思ふ
○
若しも今病気で死んで了つたら
私はいゝが父に気の毒
○
恩師から慰められて涙ぐみ
そのまゝ拝む今日のお便り
○
熟々(つらつら)と自己の弱さに泣かされて
又読んで見る「力の泉」
○
先生の深きお情身にしみて
疲れも癒えぬ今日のお手紙
○
頑健な身体でなくば願望も
只水泡だ病床に泣く
○
青春の希望に燃ゆる此の我に
あゝ誰か此の悩みを与へし
○
身を以て示した大教訓。兄去つて此の民族生きるか。
君を犬死させては相済まぬ。 ―「コタン」一部五十銭送料四銭―
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北斗農園の設立
違星北斗、アイヌ民族を背負つて起った義人は斃れた。吾等はこの死を無意味にしたくない。此の理由から新計画を発表する。
一、本社は、違星氏の遺著『コタン』の出版全部を無償にて為し、本書の売上金全部を提供す。
二、此の資金により同氏の郷里北海道余市に農園を経営す。余市林檎は名産なるにより之を主とす。
三、農園はアイヌの有望なる青年の教育を主眼とし、人物養成の手段とす。
四、資金の一部を違星氏遺族の慰問費にあつ。
五、同書十部以上の引受者を以て北斗農園の賛助会員とし、永久に敬意を表す。
コタンに輝く武士道
「コタン」を読めば真のアイヌの気質が分る。それは、実に我が古武士の気質そつくりである。私は敢て言う。今の日本に、古武士のおもかげを其のまゝ見せる如何なる書物ありやと。本書によりて、も一度自分たちの生活を見直したい。
同書は、私が近来読んだ書物の中で最も強い感動を受けたものゝ一つである。血を以て書かれた得がたい書物である。
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編輯余録
(略)
▼アイヌの熱血児違星北斗氏の遺著「コタン」が出ました。之をお読みになる事が直にアイヌ民族保護救済事業の援助になるのです
(後略)
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