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2008年6月15日 (日)

読売新聞夕刊北海道版

O先生から教えていただきました。

読売新聞6月13日夕刊の「俳風」欄に福永法弘氏の記事として

「新樹光違星北斗の来たりける」

 が掲載されました。

(WEB版:http://hokkaido.yomiuri.co.jp/youyomi08/fri/co_080613.htm )

 すばらしい文章なので、私などには何もいうことはないのですが、それでも一カ所だけ、

>北斗は、大正末から昭和初期にかけて、道内各地に点在するアイヌ集落を巡り、民族としての尊厳と、自然と共生するアイヌ文化の素晴らしさを説いて回った。

 との記述がありますが、私には違和感がありました。

 確かに北斗は「民族としての尊厳」を説き、また「アイヌ文化の素晴らしさ」ももしかしたら説いたかもしれないのですが、「自然と共生するアイヌ文化の素晴らしさ」については説いていないと思うんですよね。間違いなく。

 この「自然と共生する」云々の言説っていうのは、近年の、エコロジーの考え方と、それに連動した世界的な先住民文化の再評価の流れによるものだと思うわけで、北斗が昭和の始めにコタンを廻ったときにはなかった考えだと思うんです。

 北斗も実際、民族としての尊厳は説いたけれども、他に説いたのは同族の団結、知的水準を引き上げるための教育、思想を高めるための修養、生活改善のための衛生・禁酒・授産といった実際的なことが主だったんですね。これは、当時のコタンがおかれていた状況からすれば、当然のことだったでしょう。

 まず、滅びてはならなかった。生きなければならなかったんです。貧困に、差別に、酒害に、病気に、社会に、打ち勝たなければならなかった。

 そこには「自然と共生」なんていう余裕はなかったと思います。

 もちろん北斗は「アイヌ文化」をすばらしいものだと思っていたのですが、「自然と共生する」からすばらしいと思っていたのではないでしょう。それは現代においては間違っていないのかもしれませんが、あくまで現代であり、それも一面でしかない。

 少なくとも、北斗が守ろうとしたアイヌの文化とはそういったものではなかったでしょう。

 「美しいから」「すばらしいから」「もったいないから」「珍しいから」、北斗はアイヌを、その文化、アイヌという名を遺そうとしたのではありません。

 アイヌがアイヌであるためには、とにかくそのアイヌが滅びてはならなかったのです。

 ただ、自らがアイヌであるから。

 そこには損得も優劣も、メリットもデメリットもない。

 アイヌとして、同族を救わねばならなかった。「自然と共生」などという、そんな悠長なことをいっていられるような世界に北斗は住んではいなかったのです。

 もうすぐ、洞爺湖サミットが開かれます。マスコミの言説は福永氏同様「アイヌ文化は自然と共生する」がゆえに「すばらしい」から「見習わなければならない」といったものに終始するでしょう。何もそれが間違っているとはいいません。私もアイヌ文化からは大いに学ぶべきだと思います。

 でも、北斗が同胞に説いたというアイヌの文化とは、そんなもんじゃないでしょう。そんな上から目線の、お仕着せエコロジーなどでは絶対ない。

 北斗のアイヌ文化とは、アイヌが、アイヌとして生きることだったと思います。

 どんなに時間が流れ、社会が変わり、生活様式が変わっても、アイヌが自分のことをアイヌであると胸をはって言える世界。それが彼の夢だったのではないか。私はそういうふうに思います。

 北斗は、アイヌがアイヌであるために、闘い続けた人でした。そしてまた、この「アイヌ」という名を、誇るべき名であると宣言した人でもあります。

 ですので、北斗が同胞に、エコロジーなアイヌ文化を宣伝していたように誤解を受けかねない書かれ方は、やはり違和感を感じざるを得ないところではあります。

 最近は政府のアイヌ民族に対する先住民認定の件もあり、洞爺湖サミットもあり、また来年にはウタリ協会のアイヌ協会への改名もあり、来年はまた北斗の没後80年でもあります。

 これらのニュースについては、当のアイヌの方々の中にも立場や考え方によって、多様な意見があるようで、いろいろと考えるところは多いですが、これを機会にアイヌ文化に、そしてまた違星北斗のことに興味をもってくれる人が増えることを望んでいます。

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コメント

まったく同感です。

北斗自身が「自然と共生するアイヌ文化の素晴らしさ」を説いたという記録があるなら話は別ですが、本人が言ってもないことを勝手に「創作」するのはいかがなものでしょうね。北斗のことは北斗自身の言葉や事跡に語らせるべきでしょう。
いい加減な北斗論は北斗を冒涜していると思います。

~~~
アイヌがアイヌであるためには、とにかくそのアイヌが滅びてはならなかったのです。

 ただ、自らがアイヌであるから。

 そこには損得も優劣も、メリットもデメリットもない。
~~~

本当にその通りだと思います。さすが北斗に惚れ込んで追い続けてきた方ならではの、まったく正しい解釈だと思います。心から共感します。

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