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2009年1月29日 (木)

3日目 冬の二風谷。

違星北斗の命日。

 予定を変更して、札幌から長距離バスに乗り込み、日高へ。

 

 北斗が大正15年と翌昭和2年に滞在した、平取に向かいました。

 北斗の平取時代について書いてある手紙があり、そこにお世話になった人の下の名前が書いてある。それがどういう人なのかがわかれば、またいろいろなことが連鎖的にわかってくる。折角北海道に来たのだから調べて行こうと思ったのです。

 9時。北斗が亡くなった時間。バスの中で黙祷。
 
 富川で平取行きのバスに乗り換える予定でしたが、不覚にも眠ってしまいました。

「~川、お降りの方は料金を」
 やばい。富川だ!

 急いで飛び降りましたが、どこか違う。あたりを見回してみますと、バス停には【鵡川】と書いてある。

 しまった。間違えて降りてしまった。

 しかし、バスは行ってしまったし、次のバスはあと何時間もありません。

 JRで二駅だから、列車で行くしかないか、と思ながらトボトボ駅を探して歩きだしました。
 
 鵡川。
 そういえば、鵡川にも違星北斗に親しい人物がいたっけ。北斗とともに「アイヌ一貫同志会」という謎の組織を結成したといわれる人物がいた。折角降りたんだから、この町で、その人のことを調べてみよう。
 これもまあ、北斗の思し召しか。

 などと考え、役場にいって、その人物のことを聞いてみたり、そこからまた紹介されたりして、いろいろ調査をして参りました。あまり大きな発見はありませんでしたが、ちょっとした手がかりを得ました。
 
 鵡川からワンマン電車に乗って富川へ。
 富川からバスに乗り、平取へ。

 平取でも役場に行き、相談してみると、詳しい人は、二風谷の方にいう。職員の方がついでだから、ということで車で二風谷の博物館に連れて行ってくれるというので、お言葉に甘えました。

 二風谷のアイヌ文化博物館で、研究者の方に相談。
 「この手紙に出てくる方は、どういう方かわかりますか?」
 すると、Yさんとおっしゃる研究者の方は、
「今すぐには分からないので、調べてみる。でもたぶんこれ、××さんか○○さんの字じゃないかな。わかったら連絡するよ」
 とおっしゃってくださいました。

 なるほど。そうか。地元の研究者の方は「筆跡」で誰の手紙かがわかるんだな、と感心しました。

 その後、二風谷小学校へ。
 北斗の歌碑があるので、お墓じゃないけどお参りに。

 雪をかぶった北斗の歌碑は、夏よりもなんだか暖かそうに見えました。


 博物館の方が教えてくださった次のバスの時間まで、2時間もあり、それまで時間をつぶさなければいけないので、二風谷をうろうろしました。
 冬の二風谷はお店もほとんど閉店でした。
 ドライブインにある民芸品のお店が開いていましたので、そこをうろうろしていると、この時期に観光客は珍しいのか、お店の方が話しかけてこられました。
 違星北斗を調べていると言うと、その方は「自分たちも、子供のころ小学校の校庭にあった石碑を誰だろうって思って、大きくなってから誰だかわかったけどね。あの石碑ね、今は行程の隅っこにあるけど、もとはもっと真ん中にあったんだよ」等々、地元の方ならではの情報をいろいろ教えてくれました。

 時間があれば、様似方面のマイミクPさんや、以前大阪の近鉄百貨店の北海道展で会った浦河の方とも会いたかったのですが、今回は諦めなければならないのが残念でした。

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今回撮った中で唯一の二風谷の風景。

 

 
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写真2は二風谷小学校の北斗歌碑。雪にくるまれて夏場よりもなんだか幸せそう。  

 

 

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写真3は二風谷の猫。なぜか寒空に閉め出されていた。野良ではなく、地元の子に聞くと飼い猫らしい。すごいデブで、しゃがん写真を撮ろうとすると勝手に太ももに登ってきた。

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