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2011年2月

2011年2月 7日 (月)

82年前

昨年度に引き続き、またしても、北斗の命日を完全スルーしていました。

情けないやら、どうしようもないやら、なんとやら。

1月26日が命日でした。10日以上も気づかないなんて、全くどうかしている。

おまけに、その間にブログ更新したり、いろいろしているのに。

怠慢というかなんというか。

北斗の死については、

【小樽新聞死亡記事】

http://www.geocities.jp/bzy14554/otarushibou.htm

【北斗に関する早川通信】

http://iboshihokuto.cocolog-nifty.com/blog/2006/04/post_e46f.html

【北斗の姿】

http://iboshihokuto.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-91e7.html#more

【コタンに泣く】後藤静香

http://iboshihokuto.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_77ca.html

などを読むと、胸に迫ってきます。

ツイッターで「違星北斗bot」始めてみました。

ツイッターで、違星北斗の生涯を追ってみたいと思います。

(@kotan_bot)

終わるのは何年先になるかわかりませんが、誕生から死、その後までずっとやっていきたいと思います。

毎日、1~2ツイート。

北斗が短歌を創りだしたら、歌もなども紹介したいと思います。解説もしながら。

botといっても完全手動ですので、忙しい時には止まるかもしれません。

ぜひぜひ、フォローをお願いします。

2011年2月 6日 (日)

バランス

twitterで「違星 北斗」と検索しても、何も出ないことが多い。
違星北斗について「なう」(笑)な人がそれだけいないといことだろう。
でもって、「アイヌ」と検索すると、アイヌの現在がわかる。

 そのスタンスも理解度もバラバラ。

 ・イベント告知
 ・地名、言葉などのへえ、これアイヌ語なんだっていうつぶやき
 ・北海道県(アイヌ犬)カイくんのこと
 ・サブカル(ゲーム、アニメ、漫画)で触れている系。

 無条件賛美系。
 ・先住民文化、ネイティブバンザイ系
 ・スピリチュアル系。
 
 それから、右寄りアンチ系。
 ・アイヌ協会糾弾系
 ・アイヌはいない、存在しない系

 あとは、北海道の人のつぶやき、アイヌの人自身のつぶやきもある。

 etc、etc。

 今は、アンチ系の「アイヌはいない系」「アイヌ協会糾弾系」がくっついちゃって、小林よしのり氏が砂澤氏を擁して、他のよく知らない若いネット右翼たちを巻き込んでいっている感じだろうか。沖縄問題、尖閣問題、中国パワー。そういったもろもろの問題、危機感がおおいに関係しているのだと思う。
 もちろん、そして北方領土問題。彼らにとっては「アイヌはもういない」ということにしておかないとというのがあるから、このところのキャンペーンなんだろうけど。

 僕はまあ、いつも決めつけること、自分の立場を表明することからは逃げているんだと思う。いくら考えても、わからないから。
 その時々で、揺れ動くから。

 ただ、そのバランスを取るときに、僕の場合はそこに違星北斗がいて、その生涯、思想を指標というか、参考にさせてもらっている。
 いろんなニュースがあって、時に、「〇〇め、さすがにそれはアカンやろ」と思うこともあるけど。いやいや、僕には違星北斗がいるじゃないかと。 
 こんな時、北斗はどう考える? あの時の北斗は?

 だから、違星北斗の「振れ幅」「ゆらぎ」こそが僕に取っては大きいし、大切なんだと思う。

続きを読む "バランス" »

2011年2月 5日 (土)

定例検索より

「違星北斗」定例検索より。

(1) 2004年 6月発行「辛夷」59号に時田則雄氏による「違星北斗の歌」という論文があるようです。

ウィキペディアによると

時田 則雄(ときた のりお、1946年9月24日 - )は、歌人。北海道帯広市生まれ。北海道帯広農業高等学校、帯広畜産大学別科草地畜産専攻修了。歌誌『辛夷』主宰。野原水嶺に師事。 十勝にて農業を経営しながら文芸活動を行っている農民歌人。

ということです。さがしてみよう。

(2)北斗とバチラー八重子の短歌が講談社「昭和萬葉集」(S55)という本に掲載されているらしい。

http://blogs.yahoo.co.jp/jintoku510/44191999.html

調べてみよう。

(3)なんだこれ?


http://literaturematters.blog111.fc2.com/blog-entry-10.html

----------------------
違星北斗(いぼしほくと)
歌人。実名滝次郎。北海道後希望(しりべし)総合振興局管内の余市(よいち)町の天性。祖父万次郎は、1872年(明治5)、東京に開かれた開拓使仮学校に選露見して生徒として派遣されたアイヌの一人。北斗は小学校卒業後、造材人連れ合いをしながら歌を詠み、さらに自らもアイヌ探求を希望し、上京して金田一(きんだいち)京助に会ったこともある。1927年(昭和2)には、昼間の時間高支庁(現昼間の時間高振興局)管内の平取(びらとり)町の聖公会の幼稚園でバチェラー?八重坊主の仕事に手を結ぶ一方、売薬行商をしながらアイヌに対する差別を告発する歌をつくる。遺稿集『コタン』(1930)には、北斗のアイヌとしての怨念(おんねん)がにじんでいる。

アイヌとして生きて死にたい願もてアイヌ絵を描く淋(さび)しい心
-------------------------


日本語勉強中の外国の人が翻訳エンジンを頼りに書いたのかな?
バチェラー八重坊主って。

ベースは藤本英夫さんの文章みたいだけど、要所要所おかしいな。

(4)http://favotter.net/status.php?id=17226068246

こちらのつぶやきに同意見。

2011年2月 2日 (水)

北斗の限界?

ブログ「habrodiatus」より引用
********
朴烈や難波大助アイヌから
出なかった事せめて誇ろう

この歌に、時代の制約を受けた彼の限界を知る。
********
http://silverfax.blog10.fc2.com/blog-entry-159.html

--------------------

 彼の限界?

 うーん。そうかな。
 何が限界?

 民族を誇りに立ち上がろうとしている青年が、
自分たちの民族の中から、(当時の社会的には)重大犯罪者を出していないことを誇りたいと言う。

 限界があったとて、それは
 彼をとりまく時代の限界であって、北斗の限界ではないだろうに。

 現代のぬくぬくしたところからだったら、好きなようにこねくり回して言えるもんだな、と思う。
 北斗の時代の彼の置かれている立場や環境を想像してから言ってほしい。
  
 と、コメントしたかったが、コメント欄がないのでここに書きます。 

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