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2011年2月 6日 (日)

バランス

twitterで「違星 北斗」と検索しても、何も出ないことが多い。
違星北斗について「なう」(笑)な人がそれだけいないといことだろう。
でもって、「アイヌ」と検索すると、アイヌの現在がわかる。

 そのスタンスも理解度もバラバラ。

 ・イベント告知
 ・地名、言葉などのへえ、これアイヌ語なんだっていうつぶやき
 ・北海道県(アイヌ犬)カイくんのこと
 ・サブカル(ゲーム、アニメ、漫画)で触れている系。

 無条件賛美系。
 ・先住民文化、ネイティブバンザイ系
 ・スピリチュアル系。
 
 それから、右寄りアンチ系。
 ・アイヌ協会糾弾系
 ・アイヌはいない、存在しない系

 あとは、北海道の人のつぶやき、アイヌの人自身のつぶやきもある。

 etc、etc。

 今は、アンチ系の「アイヌはいない系」「アイヌ協会糾弾系」がくっついちゃって、小林よしのり氏が砂澤氏を擁して、他のよく知らない若いネット右翼たちを巻き込んでいっている感じだろうか。沖縄問題、尖閣問題、中国パワー。そういったもろもろの問題、危機感がおおいに関係しているのだと思う。
 もちろん、そして北方領土問題。彼らにとっては「アイヌはもういない」ということにしておかないとというのがあるから、このところのキャンペーンなんだろうけど。

 僕はまあ、いつも決めつけること、自分の立場を表明することからは逃げているんだと思う。いくら考えても、わからないから。
 その時々で、揺れ動くから。

 ただ、そのバランスを取るときに、僕の場合はそこに違星北斗がいて、その生涯、思想を指標というか、参考にさせてもらっている。
 いろんなニュースがあって、時に、「〇〇め、さすがにそれはアカンやろ」と思うこともあるけど。いやいや、僕には違星北斗がいるじゃないかと。 
 こんな時、北斗はどう考える? あの時の北斗は?

 だから、違星北斗の「振れ幅」「ゆらぎ」こそが僕に取っては大きいし、大切なんだと思う。

もうひとつ、北斗以外でいえば、僕には恩師といえる人が何人かいるけど、いま、ふとした瞬間に思い出されたりするのが、大学で教わった作家の小川国夫先生の言葉だ。

 お酒が好きで、冗談が好きで、よく笑った。
 聖俗清濁を併せ呑み、時折出る言葉はユーモアがあり、かつ深く重かった。

 決して、激したり、誰かを糾弾したりすることはなかった。ただ、悠然と山のようにそこにおられた。

 先生はクリスチャンだったが、最後の授業はある禅僧の言葉で締めくくられた。
 大学での先生の授業は、聖書だけがテキストでそれをうだうだ講釈するようなタイプではなかった。聖書はすでに先生の中に血肉としてあって、それで僕達の生きる現代の日本と、そこにいたる古今東西のテキストを論じた。
 最後の授業で先生が挙げられたのは道元禅師の「愛語よく回天の力あり」という言葉だった。

言葉の、文学の力を信じなさい、それは世界をも動かすのだ、と。

 言葉によって世界を変えた人。それは、キリストのことでもあったが、僕には違星北斗のことだとも思えた。

 当時、小川先生はキリストのような人だと思った。たぶん、聖書に描かれていない、本当のキリストは、清濁をのみこんだ、よく笑い、人を愛する、時には反省もする、容赦のある人だったのだと思ったのだ。容赦無く完璧な神の子ではなくて。

 違星北斗が生きていたなら、そんな人になって欲しかったとも思った。

 時によって流され、右に行ったり、左に行ったり、真ん中を進んだりしながら、ブレながら、バランスをとりながら、人に傷つき、また人を傷つけ、時に反省し、時に舞い上がり。それでもアイヌのために一生を捧げる。

 惜しむらくは、彼にその迷走する時間「しか」与えられなかったことだ。

 違星北斗は体当たりの人だった。後先考えず、突っ走る人だった。無茶をする人で、そのあと猛烈に反省して落ち込む人だった。

 あと10年、いやあと5年、迷い、右往左往して、答えを探して欲しかった。そして、彼にとっての真実を見付け出してほしかった。
その言葉で世界をもっと変えて欲しかった。

 今となっては、彼の先にどんな未来があったのかもわからないが、もし、彼が生きたなら、すくなくとも、今残っているテキストは、「修行時代」の「習作」になっていただろう。彼は執拗に、何度も何度も、それこそ病床ででも自分の作品に手直しをする人だったから。

 どなたかが言った、北斗の「限界」があるとすれば、ある意味で「死」に勝てなかったことだと思う。その先を生きられなかったことだ。巨大な未来の可能性を、失ってしまったことだ。
 おそらく、彼の言葉は世界を変えただろう。未完成な、生きている時でさえ、少しは世界を変えた。どういう形であれ、「その先」も彼は世界を変える言葉を放ち続けただろう。

 埋れている彼の思想の断片を掘り起こし、当時の思想の揺れ動きを調べて、補完し、彼が辿りつけなかった「その先」を想像するのが我々の役目なんだと思う。

 だが、これは小川先生が言っていたことだが、事件や人物の真実を相対化し、明らかにするには、50年、100年の時間がかかる。今わかることはわかるし、わからないことはわからない。

 それが、調べていくうちに、あと数十年後にはわかるようになってくることもある。事件から時が流れることによって、ぽんと、ものすごい事実が出てきたり、証言が出てきたりする。見えてくることもある。

 だが、そのためには、違星北斗という人の存在を埋もれさせてはならない。誰も知らなくなれば、誰もしらないのだから、資料も出てこない。多くの人に知られれば、それだけ調べる人も多くなるし、隠された事実が明らかになってもくる。

 だからこそ、北斗のことは多くの人に知られなければならないと思う。

 名前ばかりの研究会ではなく、北斗を研究する人、もっと出てきてほしいと思います。
資料も共有したいと思います。

 本当に研究会(オフ会)ができればいいと思います。
 オフ会って、やり方がよくわからないですが。

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