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2011年4月

2011年4月23日 (土)

注意

小林よしのりの漫画で違星北斗を知った人がいるかもしれないけど、彼がいう違星北斗は私の知る違星北斗と別人みたいだから、気をつけてください。

あの漫画に出てくるのは、よしりんの妄想主張のための都合のいい捨てキャラ。

使い勝手のいい情報をつまむだけです。

彼が北斗の心の深淵を覗くことはないでしょう。

2011年4月10日 (日)

年譜について

昭和5年版「コタン」の年譜は、北斗の手によるものであるといわれています。

しかし、草風館の「コタン」の年譜は、読者への親切のためだと思いますが、編者の筆が入っているため、意味合いが変わってしまっているところがあります。

たとえば、大正9年。
元は「畑を借り茄子作、中途病気」
これが草風館版(昭和59)だと「畑を借りて茄子等を作るが病気再発する」となります。

 微妙に、ニュアンスが違いますよね。

 昭和5年版は「茄子」と言い切っていますが、昭和59年版は「茄子等」。「等」ってどこから出てきたんですかね。

 あと、昭和5年の「中途病気」と昭和59年の「病気再発」では意味が違いますよね。

 昭和5年版の方が、資料としては精細です。
 なぜなら、「畑で茄子をつくったが、茄子を作っている中途に病気になった、と読める。茄子は夏の野菜ですから、発病時期が夏より前だということもわかる。

 でも、それが昭和59年版だと、編者のおせっかいでわからなくなってしまっている。

 ほかにも、同様のおせっかいによるニュアンスの変化がある。

 北斗が東京から北海道に帰ったのは7月ですが、それが11月になってたりして、けっこう適当な年譜なのですが、これがオフィシャルみたいになってしまっているんですよね。

(ちなみに、11月というのは、元々縦書きの北斗の原稿に「七」と書かれていたものを希望社版コタンの編者が「十」「―」と読み間違え、それが草風館版にも引き継がれてしまったからですね)

 アイヌ一貫同志会なんて、本当に存在したのかどうかもわからないのですが、この草風館版の年譜に載っているから、あったこととして確定してしまっていますね。

ウタリの友

ウタリ之友に、北斗に関する記述がありました。

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ウタリ之友 九月号 一九三三年九月一〇日

 幌別だより      タンネ・ヘカチ

 いつも「ウタリの友」をお送下さりまして有難う御座います。
 何か御礼にも と思ひましてもルンベンである僕は何も出来ませんので申訳なく思って居ります。毎月戴く「ウタリの友」を見ますとみんな知った人ばかりなので つひ懐かしさの余り筆を取らうと思ひますが、一日々々と延びて締切の日を越えたり、筆不精のため遅れたりで毎日過して来ました。今日は雨模様の静かな日です。久しぶりに落ちついた心で教会の辺りを歩いてみました。土手にはクローバーやチモシーなどの牧草が綺麗に生えてゐて 処々に月見草が優しくうなだれてゐます。土手の中には南瓜が一面に這ってゐます。あそこには苺が沢山つくられてあって八重先生がいつもレーキやホーをもって草を取ったり、藁を敷いたりしてゐたのでした。西側の一隅にはアスパラガスの一群に野菊が混って仲よく茂ってゐます。僕が小学校に通ってゐた頃は畑もよく耕されて雑草のない黒土に茎の太いアスパラガスが元気よく延びてゐたものでした。あれからもう六・七年の年月を過してゐます。主人無き古き教会の土手の片隅にアスパラガスは 冬に眠り春に目覚めては培ふ人の再び訪れる日を待ちわびてゐたのでせう。しかし教会の門柱が朽崩れても 裏のシグナルの上に北斗七星がいく夜かまたゝいても去った人々は再び訪れてくれませんでした。
 そのうちにアスパラガスの根もとには いつしか野菊やノコギリ草が混りました。今ではアスパラガスはそれらの雑草と仲よく暮す事が楽しみなのでせう。細くすらりとした姿で野菊の白い小花の中にふさ/\とした葉を垂れてゐます。
 僕は遠い少年の日を思ひ乍ら 赤や青のガラスを填めた小窓を見てゐました。いつか八重先生が札幌へお出でになった留守でした。学校から帰ってきた春野さんが二三人の子供を連れて来て 礼拝堂の高い屋根に梯子をかけて雀の仔を沢山とりました。軒からは藁や毛がバラ/\落ちました。春野さんはその雀の仔をみんな子供達に分けてやってから、僕の方を見て笑い乍ら内へ入りました。ある時はまた豊君が豚の餌を買ひに行っての帰り途で、石花菜(キラズ)を山盛りに入れた箱をひっくりかへした事もありました。井戸のつるべが落ちた時 死んだ違星さんが僕のうちへ釣[瓶]を借りに来た事もクリスマスの劇で僕が大工さんになって恥しかった事も みんな楽しい思ひ出です。あの頃の人々は皆何処かへ行って了ひました。僕だけが毎朝トマト畑から古い教会を眺めて暮してゐます。
(一九三三年九月四日)
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(出典は「アイヌ民族近代の記録」草風館より)

 作者のタンネ・ヘカチは佐藤三次郎。
 どこかで聞いた名前だと思ったら、知里真志保に「違星北斗のような短歌は作るな」と言われた人だった。
 http://www.geocities.jp/bzy14554/fujimoto.html

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