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2014年9月 6日 (土)

違星北斗の聖地巡礼!

余市に来やってきました。
今日は飛行機の時間まで、
違星北斗の聖地巡礼をしますよ。

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早速レンタサイクルを借りたいのですが、
9時からで、まだ営業してない。

本当は昨日乗り込みたかったけど、
この町には宿泊施設が少なく、
泊まれませんでした。

次のNHKの朝ドラ「マッサン」の舞台なのに、
どーすんだろ。

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北斗を最後まで治療した
山岸礼三医師の息子さんがやってる
コーヒーショップ「ヘンリー」へ。

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元ジャズミュージシャンのヘンリーさん、
80歳ですがお元気で何より。

ヘンリーさん、

「よし、その辺はK先生の分野だな」

受話器を取り、
ジーコ、ジーコとダイヤル。
10分後、郷土史家のK先生到着。

熱烈な違星北斗の情報交換のあと、
自転車で連れだって、

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和人とアイヌがの交易をしていた運上屋跡、
旧余市コタンなど、
いろいろご案内いただきました。

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「秋になると鮭が馬鹿ほど」上った余市川。

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北斗が愛したシリパの岬。
余市の雄々しきシンボルというべき岬です。

残念ながら、手前に
堤防ができてしまい、
見晴らしが悪くなってしまいました。

さて、K先生と別れ、
余市じゅうをレンタサイクルで走り回り、
違星北斗の碑めぐり。

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モヨロ山の違星北斗句碑。

全く人に見てもらおうという努力を放棄しており、
町外れの山の上の
水産博物館の、その端っこの崖っぷちに、
誰のどういう句碑であるかも
記されていない状態で、ぽつんと立っている。

余市における違星北斗の存在感を
象徴的に表しているようです。

もうすこし、やる気を出せ、
余市町教育委員会! と言いたい。

お会いしたかった郷土史家A氏には会えず、
また、フゴッペ遺跡や古平などにも
行けませんでしたが、

K先生やヘンリーさんといろいろ話せ、
ヨイチコタンの空気感を再確認できたのが
非常に収穫

久々のヨイチで気づいたこと。

1 変なゆるキャラ「ソーラン武士」に詰め寄られた。

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2 スペースデブリ特別展見たかった。

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3 以前の余市の海岸は白砂だったんだけど、
護岸ブロックで覆われてしまってた。

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これでは、余市のシンボル、シリパ岬も
冴えないし、北斗の愛したはまなしの花も
咲けない。悲しいですね。

これが、10年前のシリパの岬。

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オマンルパロ(あの世への入り口)があると
伝えられた。
また、そのシリパの裏手のウタグスには
違星家が漁場を持っていた。

北斗にとっては特別な思い入れのある
風景、「コタンの象徴」でした。

僕のアイコンも、この風景にしています、
津波対策かもしれませんが、
やはり、残念です。

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コメント

ご存知だとは思いますが、梅太郎は違星家に養子に入っており血の繋がりはありません。
そこのアップされているお墓は、梅太郎の息子が建てており、叔父である北斗は入っていないと聞いています
北斗や梅太郎の事を知っている人間は皆他界しているため、理由はわかりません。

【青い屋根の可愛らしいお家】も梅太郎の子が建てたと聞いており、そこで北斗が生活をしたことはないはずだとの事です。
確かに北斗の原稿らしきものはありましたが、人に貸していた時期に紛失したようです

余市にあるお墓は大切な祖父母も眠っており、管理をしているものとしては、静かな環境で眠らせてあげたいと願っています

そこから見える余市の海は祖母の自慢であり、祖父の誇りでもありました

いずれは私どもの家族も、その隣にお墓を建てる予定です

もしも、不都合ではございませんでしたら、写真の使用をご遠慮願いたく思っております

突然のコメント失礼いたしました


大変失礼いたしました。
お墓の画像を削除いたします。
本当に申し訳ございませんでした。

北斗のお墓については、木製のものが別にあると文献にもありましたが、調べてもわかりませんでしたので、余市に行くたびに梅太郎さんのお墓に参っておりました。

この度は本当にもうしわけありませんでした。

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