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2019年6月30日 (日)

余市コタンの「縦軸」

違星北斗について書かれた文章を読むと、違和感を感じることが多い。
それは、彼のバックボーンとなる余市のアイヌ社会のことが、あまりにも情報が少ないからだと思った。
様々な資料を付き合わせて各時代の余市コタンを再現できないかと考え、なんとかこういう表にまとめてみた。
これまで、知られていなかった、余市のアイヌ社会のコミュニティの存在が、可視化できる表になったかな、と思う。
余市の乙名(指導者)家系の流れを、伝承から近代まで。
またまだ空白があり、ひとつは1700年代。それから「コシャマインの戦い」前後は、記録がみつからない。
個人名、顔がない。
だけど、記録がないということは、記録し管理しようとする「和人」が周りにいない、彼らにとってはいわば幸せな時代であったかもしれない。
余市の図書館や道立図書館に行けば、もう少し埋まるだろうと思うが、今年は行けないっぽい。
何より自分自身で収穫だったのは、余市アイヌの歴史貫く、「始め」から「近代」まで15代続いた惣乙名家系、ユカラに描かれた余市の巨城に住んだ一族、八郎左衛門やノタラップの家系のことを、意識することができたこと。
動かない確かな縦軸が得られた気がする。

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