「歌人の檻」をかぶせれば安心安全
名もあり功もなした、大大学の大大先生が、違星北斗研究会のサイトやウィキペディアを斜め読みして、研究費や研究室のために、コタツ論文を書いたり、コピペしてきた北斗の短歌の言葉尻を論って、コタツ批評したりしているけれども。
コタツの上に、違星北斗が追い求めたコタンはないのだ。
北斗の短歌のテキスト研究はこれからも行われていくだろうけど、一方で違星北斗という人間を研究する人が必要だと思う。
それはアイヌの未来の為に。
違星北斗研究は、若い人(出来れば北海道の人、余市の人、アイヌ自身)がやるべきなんだと思う。
今、大学生で(じゃなくても)違星北斗研究をやりたい人、協力するから言ってね。→メール
北斗の「短歌」を研究するというのは必要なことだろうけど、よくも悪くも「短歌」という強固な枠組みに縛られてしまう気がする。
アイヌとしての北斗の世界に踏み込む覚悟が必要だけど、それは大変な苦しみを追体験することだ。
その人が和人なら和人として。アイヌならなおさらかもしれない。
違星北斗を「『歌人』としての檻」に閉じ込めておけば「この短歌は良い」「不出来だ」「言いたいこと言ってるだけじゃん」と好きに評じたり論じたりすることが出来るけど、それで見えなくなることもあるだろう。
『歌人の檻』の中だったら、見たくないものも見なくて済むし、逆襲されないから、安全だ。
今後、違星北斗は「歌人」としての、カジュアルでソフトな受容と、アイヌの滅亡を憂い、その運命を変えようとして差別と戦った人物という受容と、二分化するかもしれない。
アイヌと和人の歴史にできるだけ触れたくない人は前者を選ぶだろう。
数ある「歌人」の一人として認知すれば安心安全だ。
今後、違星北斗を知った人が
「まあ! アイヌの方なのに私たちの日本文化の三十一文字の『和歌』を! アイヌの方なのに、敷島の大和言葉で! いじらしくて泣けてくる!」と言い出すかもしれない。
それは和人の大先生たちが、100年前に北斗やバチラー八重子に投げかけた言葉から、何ら変わりがない。
北斗は母語を奪われたから日本語で、発表するしかなかった。
多くの人の目が届く新聞の読者投稿欄として、短歌を選んだ。
違星北斗に限らず、今このタイミングで「アイヌの歌人」をどう論ずるのかがとても重要な局面であると思う。
果たして「歌人界」がアイヌの歌人たちをどう扱うのだろうか。
「歌人としての認めてあげますから、歌人らしくしてね」ならば、これは『歌人の檻』だ。同化政策のチンケな縮小版に過ぎない。
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